あの世とこの世
韓国でお墓といえば、一般的には、土を山のように盛った土饅頭の墓です。儒教における死の概念として、人は死後、魂と魄(はく)に分かれ、魂は天に昇り、魄は地に降りるとされていました。そこで、魂は位牌に祭り、遺体は土に埋めて土葬にしました。死後も生前と同じように生活すると考えたためです。韓国の土葬文化は、儒教思想の強い 李氏朝鮮時代から始まり、現代まで続いています。それ以前は仏教の影響から 火葬が主だったようです。
一方、土葬による広い土地を必要とする墓の増加から、国内の墓地面積が増加して、1999年には国土面積の1%に相当するほどにまでなりました。これは、総宅地面積の50%で、国土が墓で埋め尽くされると言われるほど深刻化しました。そこで1990年代後半から行政が積極的に墓地問題を検討、政策化し、共同墓地や火葬納骨を推進したことで、7割を超えていた土葬が今では、半分以下に減少しています。しかし、今でも火葬施設の不足の他、共同墓地に確保など火葬した後の納骨の問題など、葬儀に関する多くの問題が残されているようです。このような新しい葬儀文化の流れは、儒教習慣や山水思想の面から、抵抗感も根強くある半面、徐々に人々の意識的変化も進み、首都圏住民の10人に7人が、自分や親が死亡した場合、遺灰を山や海に散骨するか、納骨堂におさめると答えています。
生物的な死が訪れても、魂は永遠に存在し続けるならば、墓は当人にとっては、どんなに立派であっても、それほど有難い住みかではない気もします。むしろ、残った人たちが故人を偲んで集い、想う場所、象徴としての意味合いが強いのでしょう。職業上、普通よりは人間の産、育、病、老、死に接し、向かい合う中で私が感じたのは、精一杯生命活動をした後、肉体的な死を迎えたとしても、それは新しい生命をこの世に迎えるためのサイクルの一つで、決して終りではないであろうと・・・。 対馬海峡で愛する娘さんの手によって撒かれる つか こうへいさんの遺骨も、きっと新しい韓国と日本の命の糧となることでしょう。
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