誰もが程度の差はあっても心の中に触れられたくない、思い出すのも辛い記憶、いわゆる「トラウマ」があるのではないだろうか。同様な意味で‘国’の歴史の中にもトラウマといえる出来事が存在する。近年ならば、アメリカの同時多発テロ、日本の東日本大震災もその一つにあたるのかも知れない。多くの国民の心に深い傷跡を残し、今でも様々な影響を与えている。1997年、韓国はアジア諸国にて起きた急激な通貨下落を発端とした経済危機に陥り、IMF(国際通貨基金)の支援を受けると共に様々な管理下に入った。この映画は、IMFとの交渉にあたった当時非公開で運営された対策チームの緊迫したやり取りを中心に描かれたフィクションである。朝鮮戦争後最大の国難と言われた通称「IMF危機」。多くの国民の人生に影響を与えた出来事が21年経ってようやく映画化されたのは、いかにこの事が韓国の人々の中で生々しいトラウマとして刻まれていたかを示しているのかも知れない。
舞台は、1997年11月のソウル。連日メディアからは好調な国の経済成長をうたうニュースが流れていた。韓国は前年の1996年末に先進国クラブと言われるOECDに加盟、失業率は過去最低を記録し、国民の経済意識を問うアンケートでは85%が自身を中流層だと答えた。そんな国内の雰囲気に後押しされて、より飛躍を目指し多くの企業はその規模の大小に関わらず資金を借りて新しい人材や設備の投資に踏み出そうとする。国民の誰もが今以上に豊かで明るい未来を夢見ていた時代、この物語はアメリカ最大の投資銀行東アジア事業部から投資家に向けた1通のメールから始まる。‘All investors leave Korea. Right now. (投資家は今すぐ韓国を離れろ!)’―7月にタイを中心に始まったアジア各国の急激な通貨下落は、韓国経済に大きな衝撃を与えるべく足元まで迫っていた。
映画はそれぞれ立場の異なる3人の姿が描かれる。一人は韓国銀行通貨政策チーム長のハン・シヒョン(キム・ヘス)。彼女は様々な状況から差し迫る通貨危機を予測し報告、事態の重大さを強く政府に訴えることで、非公開の対策チームが立ち上げられる。しかし、翌年の大統領選挙を控え、事態の収拾より政治的影響を優先する大統領府の経済首席、また国民が受ける被害よりIMFによる経済改革を強引に推進しようとするパク・テヨン財政局 次官(チョ・ウジン)の対応にハン局長は憤りを覚える。一方、小さな町工場を経営するハン・シヒョンの兄ハン・ガプス(ホ・ジュノ)。堅実な経営を続けてきた彼も好景気という世間の雰囲気に押され取引拡大の為、扱わなかった手形決算の条件を引き受け窮地に陥る。そしてもう一人、国家的金融危機を独自に察知し、一攫千金のチャンスととらえて会社に辞表を提出、投資家を集め‘国家破産‘に人生最大の賭けを挑む金融コンサルタントのユン・ジョンハク(ユ・アイン)。
財閥も含め多くの会社が倒産し、130万人以上が失業、経済的理由による自殺者も激増した国家的危機であったが、その原因、政府の対応、IMFとの交渉内容に関してはいまだ明らかにされていない部分も多い。それだけにエンターテインメントとしてどう表現するか容易ではなかっただろう。当時の報告書や資料、様々な人の経験談や関係者からの聞き取りをから完成したシナリオを基に監督の思いを練りこんだ演出、それに応え韓国俳優人の演技力が十分に生きた作品となった。ユーモラスな役からシリアスな役までこなす人気実力ともにトップ女優のキム・ヘスと、既に若手とは言えない実力派に成長したユ・アイン、IMF専務理事役のフランスの名優ヴァンサン・カッセルも食えないポーカーフェイスぶりの演技も魅せる。
当時、徹底的な緊縮財政を強いるIMF管理下の韓国の食堂や小売店にてIMF価格という表示が目についた。IMF=緊縮、つまり安い特別価格ということだ。また、やけ酒飲んで
「IMFされた!」ぼやくのはIMF=I’m fired.つまり「解雇された!」という意味。その後韓国は、2001年にIMF からの負債を完済、管理体制から脱却した。苦しくて辛い出来事に対しても、あえてのタネにしてでも引っ張り出し泣きながら飲み込む姿が韓国人の「恨(ハン)」でありパワーなのかと妙に納得した記憶がある。