基督教信者ではない人間には、イエスの誕生を紀元とした西暦は最も世界で使用されている暦上の数字でしかない。そんな日本でミレニアムという言葉が頻繁に使用されるようになったのはコンピューターの2000年問題が発端だろうか。今年はそのミレニアム・イヤーから+21年目となる。まずは新年最初のコラムを書くにあたってこの2021年が、世界各国の協力と英知により、最短で人類がウイルスを克服した年として記憶されることを心より願いたい。
そして逆にミレニアム・イヤーから21年前、今から42年前の1979年はどのような年であっただろう?日本の若者の間ではインベーダーゲームが流行、また携帯型のヘッドホン・ステレオ「ウォークマン」が発売され、日本発の革新的デバイスとして世界的なヒットになった。世界の出来事としては、米中国交樹立し台湾とは断交、カンボジアのポル・ポト政権崩壊、イランではパーレビ国王がエジプトに亡命、ホメイニ師によるイラン革命政権成立した。そして韓国では10月26日、朴正煕大統領がソウル市内にある中央情報部(KCIA)所有の秘密宴会場にて、最側近であった金載圭(キム・ジェギュ)KCIA部長によって射殺される事件が起きた。軍事クーデターにより1963年に大統領に就任した朴正煕大統領。日本からの独立後、朝鮮戦争を経て当時最貧国であった韓国が「漢江の奇跡」と呼ばれる経済発展を遂げる礎を築いた指導者として評価される一方、18年に及ぶ軍事的独裁には多くの批判も根強くある。暗殺事件は常々大統領から仕事ぶりを叱責されたことに対する不満と、ライバル関係にあった大統領府警護室長に対する恨みからくる金載圭による個人的な犯行として裁かれ、翌年絞首刑となった。
本作「KCIA 南山の部長たち」は韓国の東亜日報で1990年から2年以上連載された調査記事をまとめたベストセラーノンフィクション「南山の部長たち」(金忠植 著)を原作にしている。当時、中央情報部の本部は南山にあり、権力の中枢にあった代々の部長たちは司法、立法、行政まで関わり恐れられていた。監督はイ・ビョンホン主演の大ヒット作「インサイダーズ / 内部者たち」(2015)のウ・ミンホ。兵役を終えて原作を読み、手が震えるほどの衝撃を受け、長らく作品の映画化構想を温めてきた。ウ・ミンホ監督は「なぜあの事件は起きたのか?」を考え続けた結果、事件に関わった人物たちの心の内に焦点を当て「朴正煕大統領暗殺事件までの40日間」を最上級のサスペンス劇として表現した。その為、韓国近代史において大きな分岐点となる実際の事件を題材にしながら、あえて登場人物は実名を使用せず、あくまでフィクションとして人間たちの心の葛藤を表現させようとしている。その期待に応え、キャスティングされたキム・キュビョン部長役のイ・ビョンホンはじめ、大統領役のイ・ソンミン、中央情報部パク前部長役のクァク・ドウォン、クァク大統領警護室長役のイ・ヒジョンなど、韓国を代表する演技派の名優たちは見事に彼らの内面を演じ切っている。特にこの作品で百想芸術大賞 最優秀主演男優賞を受けたイ・ビョンホン演ずるキム部長の深層心理、大統領の右腕として絶大な権力を持つ立場でありながら、1人の人間としては忠誠心、恐れ、嫉妬、猜疑心、愛情などの感情の中で追いこまれていく姿が、決して派手ではなく目元や繊細な表情の奥底に表現され、観ているものも苦しくなる。
今日でも、その背景や真実は完全に解明されていない部分もある韓国近代史の大事件。法廷で金載圭は自らの行為を「10.26革命」と呼び、動機に関しは「自由民主主義の回復の為」と訴えた。しかし結果的にはその後非常戒厳令が敷かれ、新たな軍事政権の誕生を迎えることになる。紀元前、腹心ブルータスによる独裁者カエサルの暗殺も、むしろ帝政ローマへの道を開いたと考えると、時代に関わらず暴力の先にある理想は思い通りとは、なり難いようだ。