巨大組織や公権力による様々な圧力や陰謀、それを暴こうと懸命に奮闘する新聞記者という構図は韓国映画では暫し取り上げられるシナリオである。そこは、お茶の間であれ酒場の一席であれ、政治家や政局の裏話で盛り上がる「韓国人の政治好き?」を思えば必然的かも知れない。一方日本では正面から政権やメディアの問題を取り上げた所謂‘ポリティカル・エンターテインメント’は珍しいだろう。
映画「新聞記者」は、東京新聞社会部 望月衣塑子記者の著書を原案に、実際の事件や官僚と政権の癒着問題を彷彿されるエピソードを盛り込んだオリジナル作品だ。河村光庸プロデューサーによると、映画は「官邸に“不都合な質問”を発し続ける望月記者の「個」が集団に立ち向かう姿にインスパイアされ企画したもの」であるが、「一個人の新聞記者を美化・礼賛する内容ではなく、報道メディアに関わる全ての人たちにエールを送る」意味を込めたとしている。河村プロデューサーからこの作品の監督として依頼された藤井直人監督は、某雑誌のインタビューに答えて「政治的素養もなく関心もない自分には無理」と一度は断るものの最後は「フィクションとして、エンターテインメントとして描く」ことを条件に承諾する。しかし、改めて政治というものに向かい合い、官僚や記者に取材を繰り返す中でフィクションでありながらも、国家権力の闇に迫ろうとする記者・吉岡エリカと、理想に燃え公務員の道を選んだ若手エリート官僚・杉原拓海(松坂桃李)の葛藤と苦悩の政治サスペンスとして完成した。
深層を追い求める女性記者吉岡を演じるのは、9歳でドラマデビューし天才子役として活躍、その後大ヒット映画『サニー永遠の仲間たち』(2011)、『怪しい彼女』(2014)ほか多数の作品に主演し誰もが認める実力派女優 シム・ウンギョン。彼女が演じるエリカは優秀な記者であった日本人の父と韓国人の母のもとアメリカで教育を受け、父親の遺志を心に秘めて日本の新聞社で働く女性記者という設定である。河村プロデューサー曰く、これは「ともすれば内向きになりがちな日本の報道メディアに複眼的な視点を持ち込むため、これは必然的な成り行き」で且つ「複数のアイデンティティと苦悩や葛藤を持つ役柄に言語を超えて表現できるのは彼女以外ない」ことからのキャスティングと述べている。 幼少時から芸能界で過ごし、同世代と比べると多くの人生経験を積んできた彼女だが、活躍によってさらに評価が高まるにつれ、自他ともに感じる期待や無言のプレッシャーもあるだろう。俳優としての幅を広げるために「いろんな国でいろんな経験をしたい」と考え、一時俳優活動を休止し米国留学したことも、そして2年前から日本での演劇、映画活動を始めたのもそんな理由からだ。今ではインタビューも全て日本語でこなす日本語の実力は、複数のルーツを持つ帰国子女という設定を忘れるほどである。
本作品では、権力対個人を描いた韓国の社会派映画によくみられる絶対的な悪役は登場しない。国民はあえて知る必要がないと判断した情報を守り、そのためには手段を択ばない冷徹な杉原の上司・多田智也(田中哲司)でさえ、自分の仕事こそ国家の安定に必要で国益であるという信念を持つ。一方、国民の知る権利を守ることこそ民主主義の根底であり、ジャーナリズムの使命であると考える記者・吉岡。多田と吉岡、国益を選ぶか個人の権利を優先するか、父として家庭の安泰か良心の思う通り行動するかの狭間で苦しむ杉原の姿は、どこにでもいる普通の人間の姿である。「そんな理由で自分を納得させられるんですか?? 私たちこのままでいいんですか??」シム・ウンギョンの厳しい眼差しと心の底から絞り出される言葉を受け、激しく動揺し虚ろな表情をうかべる杉原。その問いは映画を観る私たち自らに向けられていることに気づきハッとさせられる。