自らを‘ジョゼ’と名乗る足が不自由な主人公と大学生恒夫の恋愛物語「ジョゼと虎と魚たち」は、1985年に発刊された田辺聖子の短編小説である。‘ジョゼ’とは、フランスの作家フランソワーズ・サガンの作品「一年ののち」で登場する、裕福な暮らしをする早熟な精神・価値観の持ったヒロインの名前。しかし若干空想壁のある自称‘ジョゼ’は、生活保護を受ける祖母との二人暮らしの境遇、孫が人前に出ることを嫌う祖母の為、引き籠りの様な生活をしている。この短編を原作に、犬童一心監督により、妻夫木聡と池脇千鶴主演で2003年映画化され、その年数々の映画賞を受賞、翌年には韓国でも上映され高い評価を受けた。そして今回韓国映画陣の手で、17年の時を経て新たな純愛物語としてリメイクされた。
韓国版「ジョゼと虎と魚たち」(原題 Josse ジョゼ)にて、主人公ジョゼ役を演じるのは、日本で人気の韓流ドラマにも多く主演し、映画「虐待の証明」(20)では青龍映画賞の主演女優賞を受賞したハン・ジミン。その相手役の大学生ヨンソクは、映画「安市城 グレート・バトル」(19)で韓国映画評論家協会賞の新人俳優賞など数々の新人賞を獲得し、最近では韓流ドラマ「スタートアップ」でも注目される今最もホットな若手俳優の一人ナム・ジェヒョクが務める。韓日両映画とも、小説の原作は踏襲しつつ両国の時代背景や社会的価値観に合わせて、独自のオリジナリティを出すことで異なる味わいの作品となった。登場人物の設定でも、日本版はより人間臭く俗っぽい印象を受ける反面、韓国版はどこか幻想的でより甘味である。例えば相手役の大学生を比較すると、恒夫は楽観的で少々大雑把、女性関係においても少々だらしない。一方、ヨンソクは口数が少なく、ナイーブで優柔不断な面はあるが、基本澄みきったイメージの青年である。またハン・ジミンが演じるジョゼからは、その抑圧された声のトーンや淡い表情、あえて感情を抑えた演技から醸し出される雰囲気によるものか、主人公をよりミステリアスに魅せている。それらに加え、最新の韓国映画界の映像技術と官能的で繊細な演出で定評のあるキム・ジョンガン監督の感性によるものか、四季を織り交ぜた背景が映画全般で映し出され、美しく秀悦である。それ故、不遇な環境の障害のある女性と平凡な一青年の純愛という、ある意味不幸で痛々しい物語が一編の清廉な詩を読んでいるような作品にまっている。両作品から受ける印象は、韓日のドラマや映画で言われる一般的なイメージ・・・日本は感情をそっと覆い隠し、韓国は喜怒哀楽がはっきり顕して少々騒がしい・・・とは少し相反してるようで面白い。
「障がい者の恋愛をテーマにした映画」と聞いて真っ先に頭に浮かぶ韓国映画は「オアシス」(02)である。イ・チャンドン監督、名優ソル・ギョング、ムン・ソリ主演のこの作品、重い脳性まひの女性と、世間的にはどうしようもない前科者の男が、社会から疎外されながら二人だけの独自の世界を築いていくストーリーだが、純愛物語というには余りに壮絶だ。純粋な恋愛ものでも、悲哀物語とも言えず、観るにはそれなりの覚悟が必要かも知れない。、ある意味「体の不自由な女性と、1人の男との恋愛映画」としては、この「ジョゼと虎と魚たち」と「オアシス」は対極にあるのかも知れない。
常々社会派、犯罪、歴史、政治もの、家族関係、恋愛など様々なジャンルの韓国映画を観てきて、私の中で「韓国人は究極のロマンチストである説」を提唱するようになった(笑)。彼らは、どんなに人間の醜さ、弱さ、狡さをあからさまに表現しても、最後は人間の強さ、尊さ、純粋さ、そして愛というものを信じているロマンチストたちではないかと。この映画でまた私の説が検証されたと一人納得した次第である。