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海鳴りの島から

沖縄・ヤンバルより…目取真俊

09年 沖縄戦慰霊の日 1

2009-06-24 18:33:15 | 沖縄戦/アジア・太平洋戦争
 昨日は沖縄戦慰霊の日で、午前中は農林健児之塔慰霊祭を見学し、午後は南風原陸軍病院跡を訪ね、南洋群島慰霊祭を見学してきた。
 農林健児之塔は沖縄戦に動員された県立農林学校の生徒・職員を祀った塔で、嘉手納中学校体育館の裏側に建てられている。かつての農林学校があった場所であり、塔のある小高い丘の上からは比謝川の流れを望むことができる。『沖縄大百科事典』によれば、沖縄戦では173名の農林学徒が第44飛行場大隊などに動員され、41名が亡くなっている。



 今回、農林学校の慰霊祭に参加したのは、同窓会が執り行う慰霊祭は今回で最後という報道に接したことにある。父と同じ世代で鉄血勤皇隊に動員された人たちが、最後の慰霊祭を迎えようとしているのを見ておきたかった。教員をやっていた頃、宮古農林高校と北部農林高校に在職したことも理由としてある。慰霊塔や土地は嘉手納町に寄付され、今後は嘉手納町が慰霊祭を行うとのことだが、同窓会は昨日をもって解散した。遺族や同窓生にとっては大きな節目を迎え、特別な思いで慰霊祭に参加したことだろう。同窓会の古堅宗光会長が式の終了後も取材にこたえていた。



 最後ということで今朝の新聞によれば150人の参加があったとのこと。用意した椅子では足りず立っている参加者もかなりいた。同窓会役員のあいさつや僧侶の読経のあと、遺族、同窓生の焼香が行われた。慰霊祭が終わったあとも、農林健児の像や慰霊塔の前で記念撮影をしている姿があった。
 帰るときに前を歩いていた同窓会員が、嘉手納中学校の運動場を眺めて、ここで鍛えられたな…、と並んで歩いている人に話しかけていた。

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