「脱原発」論に反対する意見の紹介です。
【正論】防衛大学校名誉教授・佐瀬昌盛 原子力研究の後退で二級国家に
2011年07月14日 産経新聞 東京朝刊 オピニオン面
世間中が原発問題で口角泡を飛ばしている。「安全神話」崩壊の今、不思議ではない。「反原発」、「脱原発」、原発と非原発電源の「ベストミックス」、原発技術改良による「路線変更不用」論。その陰で注目を要する現象が出てきた。世間中が「核」の議論を忘れてしまったかに見える。
「災前」は違った。原発論議は一部にあったが、世間はさほど興味を示さなかった。他面、極東の「核安保」環境を反映して、日本国内の核論議は次第に活発化しつつあった。なぜ、その核論議が止んでしまったのか。
◆震災で「核」環境忘れた日本
大震災、巨大津波、原発事故が極東の「核」環境を変えてしまったからか。否である。3・11は、日本を取り巻く核保有4カ国-米露中および北朝鮮-のここ10年ほどの核政策に変化の兆しすら与えていない。である以上、「災後」日本に核論議が鳴り止んだのは、3・11ショックで日本人自身が極東の「核」環境に対する凝視を止め、問題を忘却し始めたからだ、と解釈される。言うまでもなく、この忘却は日本限りでのものだ。
大災害に見舞われた日本に多くの国が救援、支援の手を差し伸べてくれた。同盟国・米国の支援は文字通り「格別」だったし、北朝鮮を別にして露中の支援も大きかった。いずれにも感謝しよう。同時に、忘れてはならない事柄がある。被災国、日本への同情や支援と、極東の核保有4カ国の「核」を含む軍事的駆け引きとは別物だという、自明の事実である。
◆脱原発は近隣には「鴨の味」
現代の国際政治はむき出しの弱肉強食の場ではない。が残念ながら、「他家の不幸は鴨の味」の諺を否定しきれるほど穏和でもない。日本が仮に脱原発を目指し、自国の「核」環境も忘却するならば、それは「ご自由に」としつつ、腹の中でほくそ笑む国が日本周辺にあって何の不思議もない。現に3・11後、対日支援の傍ら、周辺海空域で「災前」同様の軍事行動を見せている国が1つならずある。「鴨の味」が漂うからだ。
3・11後、国際社会にも注目すべき現象が認められる。先進世界の一角に脱原発の道を決めた国々が出てきた。ドイツ、スイス、イタリアがそれで、欧州にはなお追随国が現れるだろう。他方、NPT(核拡散防止条約)に言う5核兵器国(米露英仏中)と、NPTの外で核保有に至ったインド、パキスタン、イスラエル、北朝鮮、さらに核保有途上のイランとは、核保有を続け、追い求める。原発については、北朝鮮は未保有、イスラエルは3・11直前の原発建設計画を以後に急遽(きゅうきょ)、中止したが、核保有国が原発保有を断念するとは、概して考えられない。すると、世界に微妙な2極現象が兆す可能性がほの見える。
45年ほど昔、日本は今日の欧州の脱原発選択組と「同じボート」に乗っていた。潜在的な「核保有志向国ボート」だ。スウェーデンも含めてこれら先進諸国は科学技術水準、経済力などの点で核開発能力ありとみられ、当時の安全保障環境下で公然たる核武装論さえ展開していた。冷戦下で対立しながらも核拡散は嫌った米英とソ連が主導し、仏中2カ国も同調して、NPTは1970年春に発効した。が、前記「ボート」同船組は条約参加条件として、「奪い得ない」原子力平和利用権と、「核」環境が「自国の至高の利益を危うくしている」と判断する場合の条約離脱権を5核兵器国に認めさせ、核兵器国に「誠実」な核軍縮交渉を約束させた。
◆原発だけでなく核をも論じよ
20年前に冷戦が終わった欧州ではドイツ以下、前記諸国の核保有志向は消えている。3・11後、これら諸国は脱原発を選択、原子力平和利用の大宗たる分野からも撤退する。軍事、平和利用の両面での「脱原子力」だ。ただし、昨秋のNATO(北大西洋条約機構)首脳会議が「核兵器が存在する限りNATOは核同盟であり続ける」と宣言、脱原発選択国がいずれも原発大国フランスからの電力輸入を自明視していることが物語るように、原発「下車」組は「核も原発も堅持」の同盟国への依存は止めない。電力、安全保障の両面で依存・被依存関係は今後、深まる可能性さえある。
日本は欧州の脱原発選択国の後を追うべきか。極東の「核」環境は欧州とは余りにも違うのに、核問題を忘却して「鴨の味」を四囲の国々に提供し続けるべきか。両問は辿(たど)ると同根で、NPTに行き着く。非核兵器国は原子力平和利用権を軍事利用権断念の下に確保したが、後者の断念は条約離脱権で分かる通り絶対的、最終的ではなかった。そう想起すべきだ。
原子力の軍事利用と平和利用は根っこで繋がっており、いずれを断念しても結局、それはその国の原子力研究の後退、衰退を、つまり二級国家への転落をもたらす。日本は、NPTで確保した平和利用権と、背に腹代えられぬ場合のNPT離脱権とを堅持し、かつ内外に向けてその旨を表明してしかるべきである。「他家の不幸は鴨の味」心理を抑止するために。(させ まさもり)
【正論】防衛大学校名誉教授・佐瀬昌盛 原子力研究の後退で二級国家に
2011年07月14日 産経新聞 東京朝刊 オピニオン面
世間中が原発問題で口角泡を飛ばしている。「安全神話」崩壊の今、不思議ではない。「反原発」、「脱原発」、原発と非原発電源の「ベストミックス」、原発技術改良による「路線変更不用」論。その陰で注目を要する現象が出てきた。世間中が「核」の議論を忘れてしまったかに見える。
「災前」は違った。原発論議は一部にあったが、世間はさほど興味を示さなかった。他面、極東の「核安保」環境を反映して、日本国内の核論議は次第に活発化しつつあった。なぜ、その核論議が止んでしまったのか。
◆震災で「核」環境忘れた日本
大震災、巨大津波、原発事故が極東の「核」環境を変えてしまったからか。否である。3・11は、日本を取り巻く核保有4カ国-米露中および北朝鮮-のここ10年ほどの核政策に変化の兆しすら与えていない。である以上、「災後」日本に核論議が鳴り止んだのは、3・11ショックで日本人自身が極東の「核」環境に対する凝視を止め、問題を忘却し始めたからだ、と解釈される。言うまでもなく、この忘却は日本限りでのものだ。
大災害に見舞われた日本に多くの国が救援、支援の手を差し伸べてくれた。同盟国・米国の支援は文字通り「格別」だったし、北朝鮮を別にして露中の支援も大きかった。いずれにも感謝しよう。同時に、忘れてはならない事柄がある。被災国、日本への同情や支援と、極東の核保有4カ国の「核」を含む軍事的駆け引きとは別物だという、自明の事実である。
◆脱原発は近隣には「鴨の味」
現代の国際政治はむき出しの弱肉強食の場ではない。が残念ながら、「他家の不幸は鴨の味」の諺を否定しきれるほど穏和でもない。日本が仮に脱原発を目指し、自国の「核」環境も忘却するならば、それは「ご自由に」としつつ、腹の中でほくそ笑む国が日本周辺にあって何の不思議もない。現に3・11後、対日支援の傍ら、周辺海空域で「災前」同様の軍事行動を見せている国が1つならずある。「鴨の味」が漂うからだ。
3・11後、国際社会にも注目すべき現象が認められる。先進世界の一角に脱原発の道を決めた国々が出てきた。ドイツ、スイス、イタリアがそれで、欧州にはなお追随国が現れるだろう。他方、NPT(核拡散防止条約)に言う5核兵器国(米露英仏中)と、NPTの外で核保有に至ったインド、パキスタン、イスラエル、北朝鮮、さらに核保有途上のイランとは、核保有を続け、追い求める。原発については、北朝鮮は未保有、イスラエルは3・11直前の原発建設計画を以後に急遽(きゅうきょ)、中止したが、核保有国が原発保有を断念するとは、概して考えられない。すると、世界に微妙な2極現象が兆す可能性がほの見える。
45年ほど昔、日本は今日の欧州の脱原発選択組と「同じボート」に乗っていた。潜在的な「核保有志向国ボート」だ。スウェーデンも含めてこれら先進諸国は科学技術水準、経済力などの点で核開発能力ありとみられ、当時の安全保障環境下で公然たる核武装論さえ展開していた。冷戦下で対立しながらも核拡散は嫌った米英とソ連が主導し、仏中2カ国も同調して、NPTは1970年春に発効した。が、前記「ボート」同船組は条約参加条件として、「奪い得ない」原子力平和利用権と、「核」環境が「自国の至高の利益を危うくしている」と判断する場合の条約離脱権を5核兵器国に認めさせ、核兵器国に「誠実」な核軍縮交渉を約束させた。
◆原発だけでなく核をも論じよ
20年前に冷戦が終わった欧州ではドイツ以下、前記諸国の核保有志向は消えている。3・11後、これら諸国は脱原発を選択、原子力平和利用の大宗たる分野からも撤退する。軍事、平和利用の両面での「脱原子力」だ。ただし、昨秋のNATO(北大西洋条約機構)首脳会議が「核兵器が存在する限りNATOは核同盟であり続ける」と宣言、脱原発選択国がいずれも原発大国フランスからの電力輸入を自明視していることが物語るように、原発「下車」組は「核も原発も堅持」の同盟国への依存は止めない。電力、安全保障の両面で依存・被依存関係は今後、深まる可能性さえある。
日本は欧州の脱原発選択国の後を追うべきか。極東の「核」環境は欧州とは余りにも違うのに、核問題を忘却して「鴨の味」を四囲の国々に提供し続けるべきか。両問は辿(たど)ると同根で、NPTに行き着く。非核兵器国は原子力平和利用権を軍事利用権断念の下に確保したが、後者の断念は条約離脱権で分かる通り絶対的、最終的ではなかった。そう想起すべきだ。
原子力の軍事利用と平和利用は根っこで繋がっており、いずれを断念しても結局、それはその国の原子力研究の後退、衰退を、つまり二級国家への転落をもたらす。日本は、NPTで確保した平和利用権と、背に腹代えられぬ場合のNPT離脱権とを堅持し、かつ内外に向けてその旨を表明してしかるべきである。「他家の不幸は鴨の味」心理を抑止するために。(させ まさもり)