たそかれの散策

都会から田舎に移って4年経ち、周りの農地、寺、古代の雰囲気に興味を持つようになり、ランダムに書いてみようかと思う。

認知症高齢者との触れ合い(3) <ユマニチュード・話すこととは>を考える

2018-04-12 | 医療・介護・後見

180412 認知症高齢者との触れ合い(3) <ユマニチュード・話すこととは>を考える

 

今日は、午前中はメールなどで時間を使い、午後はある裁判書面を検討、作成したり、交通事故の事故解析を考えたりした後、会議で出かけて、いま事務所に帰ってきましたので、もうとっくに帰宅する時間を過ぎています。

 

30分くらいでなんとか見出しのテーマをまとめることができればと思っています。ほんとはゆっくり丁寧に問題を見つめ考えることこそ、ここで求められているのだと思いつつ、なかなか人間の行動は思うようにならないものです。

 

さて、ユマニチュード第2の柱、「話す」については、「話す理由は、言語情報を伝えるためだけではない」とイブ&ロゼットは述べています。

 

ここでイブ&ロゼットは何を意図しているのでしょうか。赤ちゃんに話しかける場合を想定したり、あるいはけんかをするときのことを取り上げたりしています。

 

それぞれ話しかけ方が違いますね。でもここで問題にするのは「最も残酷なのは相手を無視することです。」というのです。そしてその状況は「認知症高齢者が置かれているのも同じ状況です。」というのです。

 

介護の現場では、まじめに黙々と多種多様な多くの介護サービスの作業を行っているでしょう。そのとき少なからず、相手に話しかけないまま行っていることがあるように思うのです。

 

これに対し、イブ&ロゼットは「相手に話しかけないのはなぜなのでしょう。」と本質的な問いかけをしています。

 

ここでイブ&ロゼットは「認知症の人との関係性は、このようなものです。「よく眠れましたか?」と聞いても反応はありません。そうなると、こちらは話しかけなくなります。エネルギーがなくなってしまったからです。」と話しても反応がないため、触れ合いによるエネルギーが切れてしまうと言うのです。

 

ここでイブ&ロゼットは赤ちゃんを例に出します。「たとえ問いかけへの答えが返ってこなくても、私たちは赤ちゃんには話しかけます。何もわからないということはわかっているけれども、それでも話しかけ続けます。」でも赤ちゃんと認知症高齢者とは違いますと誰もが思いますね。

 

ここでそれに応じた技術が必要だというのです。「沈黙のケアの現場に言葉をあふれさせるための技術「オートフィードバック」」です。ひらめいたのが手だということです。「自分の手が何をしているかを言葉で表現しようということでした。」つまり、手の動きとそれを表現する言葉です。

 

具体的にはまず、相手の反応の有無を確認することから始めるのです。

「まずは質問します。そのときに返事がないか、意図した反応や答えが返ってこないときは、オートフィードバックをはじめます。

 

では「オートフィードバック」はどのようにしておこなうのでしょう。

「言葉ではなく、私の手が語ります。「いまから背中を洗いますよ」とか、「いま、右腕を触っています」といった内容です。自分のすることを実況中継のようにしゃべるのは、独り言のように見えます。けれども、この行為は相手がいないと成立しません。相手に行うことを言葉にするのですから、私と相手とのあいだで起きているコミュニケーションなのです。」

 

「このようにしていけば、沈黙することなく言葉を発し続けることで、ケアの場に言葉をあふれさせることができます。」この言葉をあふれさせることが大事なのですね。

 

ただ、この「オートフィードバック」にはふたつの原則があるというのです。

「まず最初に、まったく反応をしない人であっても、自分で動くように依頼します。たとえば、「腕を上げてください」と言って3秒待ちます。これを「老年医学の待ち時間」と、私は呼んでいます。脳が反応するまでの時間は平均して3秒ぐらい必要だからです。」

 

勝手に動かないと判断せず、まずは自分で動いてもらうように頼むのですね。そして3秒待つことが大事なのですね。

 

その後も手順がしっかりあるのです。

これを2回繰り返すのです。それでも反応がないと、違う表現を試すのですね。

「今度は、「私の頬を触ってください」「天井のほうに手を上げください」と言葉を換えてみます。」

 

それでもだめなら、今度は次の段階に入るのだと思います。自分から動くのです。

「「これから腕を洗いますね」と予告し、「腕を上げます。左腕からです。 手の甲から洗いますね」とケアを行う手の動きを実況していきます。」と。

 

この実況中継のような語りこそ、工夫・技術がいりそうです。

「実況は、認知症高齢者の感情記憶に働きかけるようなポジティブな言葉で手の動きを表

現します。」

 

それは次のように流れるように、細やかに、感情を込めてなんですね。

「腕を上げてください」「ほっペたを触ってみてください」「私があなたの腕を優しく上げせっけんてみます」「肩を撫でています。気持ちがいいですね」「では、石鹸を取ります」「お湯をかけますね。お湯って気持ちがいいでしょう」「今度はタオルで拭いて乾かしますね」

 

こんなことまで言葉をかけている人がいるでしょうか。私も母親にでも話しかけるのはためらいます。

 

でも反応が現れてくるのだそうです。すぐに現れる人もいれば、一年以上かかる人もいるようですが。でもその原因は解明されていないのだそうです。

 

「確かなことは、最初に出会ったときとまったく眼差しが違ってきたことです。空虚だった瞳に光が宿り、生き生きとしています。反応がないからといって聞こえていないわけではなかったのです。この技術を使うことで、あなたを大切に思っている、というメッセージをケアのあいだ中ずっと伝え続けることができ、そのメッセージに相手が反応してくれたのです。」

 

この技術はきちんとした訓練を受けないと身につけられないというのです。そうでしょうね。ここで書いていても、この言葉を使っても、それでできるほど、簡単なら、認知症高齢者の多くが話しかけても反応するようになるでしょう。

 

でも話すということの奥深さの一面を知ることができただけでもいいです。いつかこの研修を受けたいとも思うのです。

 

今日は30分の駆け込みでしたが、おしまいです。また明日。