紙魚子の小部屋 パート1

節操のない読書、テレビやラジオの感想、お買い物のあれこれ、家族漫才を、ほぼ毎日書いています。

大切な本屋さんだった。

2008-07-22 19:01:40 | 書店
 イシオカ書店の店長が亡くなった真夏の日が近づいて来た。

 実は今の職場に来るようになって、なんだかイシオカ書店の店長の気配を濃厚に感じる。きっと似たような外見の、なおかつ本の好きな人オーラがあちこちに漂う図書館だからだろう。いやほんと、似てる人を何回か見たんですよ。外見もなんとなくだけど、雰囲気が。

 店長が亡くなった後、何週間かして、一度彼の気配がやってきたことがあった。それは生きているとき以上に、陽気で上機嫌な気配だったので、まったく楽しい訪問だった。ほんの何秒かだったけど。たぶん気落ちしているだろう残された人々のところを「楽しくやってるから!」と元気づける気遣いだったのかも。なんだかいかにも彼らしいと感心した。

 今日もふと、ネット上にいまだ存在する「肝臓にやさしい店長の日記」をいくつか読んでいて、とても不思議な気持ちだった。もうその人は「いない」のに、ネット上ではいつでも会える。しっかりとその存在を確かめられる。こういうネットの使い方もあるんだ・・・。

 近江八幡のイシオカ書店はなくなったけれど、その前の2、3年は足しげく通えて本当によかった。もうあんなに日常的に本を買う日日はこないだろう、というくらい本には贅沢していた年月。買いそびれたなーという本がなかったわけではないが、それはそれで思い出に残る本となっている。

 昨日の朝日新聞に永江朗さんの「あなたの街の書店を守れ」というコラムがあった。彼の「まちの本屋」への生き残りを切望する切羽詰まった叫びは、私にも切実だった。すでにチェーン店でも大型書店でもない「まちの小さな本屋さん」を失って右往左往している私にとっては。