教団「二次元愛」

リアルワールドに見切りをつけ、二次元に生きる男の生き様 (ニコニコでは「てとろでP」)

駅弁不要論

2017-01-02 23:37:10 | 経済/経済/社会
幼稚園や小学校低学年のころ、よく祖父や祖母に旅行に連れて行ってもらっていた。

我輩たまに
「この路線には乗ったことがある」
とかいう話になったとき
「俺おまえほどいろんなところにいってない」
と返されることがあるのだが、けっこうな割合でこのころの思い出である。

当時、駅構内では食べるところが今ほどなかった。
立ち食いソバはあった。
ドリンクの自販機もなかったし、はじめて設置されたころは駅構内でしかそのサイズを見たことがないミニ缶ばかり置かれていた。

それでも、駅弁を買い、なぜか駅でしか売っていない半透明のプラスチック容器に入ったお茶を飲むと、もうそれだけで旅行気分が味わえてすごくうれしかった。

だが今はもうない。

なぜか?

当時あった半透明のプラスチック容器に入ったお茶は無いのはたしかだが、ドリンクの自販機はどこにでもある。
駅弁だってどこにでもある。

だが、違うのだ。
もはや駅弁を食いたいと思わなくなりはじめているのだ。



当時、我輩にとって駅弁はスペシャルなごちそうだった。
だが今は違う。

セブンやイオンの弁当とクォリティーは同等で値段は5~10割増、それが駅弁である。
しかも今日のような正月シーズンでは、たかが駅弁を買うのにいったい何分待たせるのかといった長蛇の列。
いらねえよこんなもん。

けっきょく行きは降りたあとに駅ビルのスタバにいき、バターミルクビスケットとアメリカーノ。
バターミルクビスケットはギトギトになるほどシロップをかけてバニラを1ふりするとじつにうまい。

帰りは乗る前に駅構内のパン屋でパンを買い、コンビニでウィスキーの水割りとナッツも買って車中で飲んできた。
これもなかなかうまい。

東京駅の地下で売っている駅弁街ではたしかにいいものがある。
あれはいいものだと認める。

だが。
東京駅の新幹線ホームで売っている駅弁。
あれ、いったいいつから同じもの出してるんだ??



かつてデパートの最上階では、大衆食堂とでも称してあらゆるテンプレメニュー、カレーおよびラーメンおよびうどんおよび何がしというメニューを出す巨大な敷地のレストランがどこにでもあった。
当時、子供心でさえ、たいしてうまいと思わなかった。

今、そんなものは無い。
それほど区画の大きくない専門店が多数あるか、またはフードコートになっているかのどちらかなのがふつうだろう。
なぜなら、子供心でさえたいしてうまいと思わなかったようなテンプレメニューのレストランが、今のこのご時世に生き残れるはずもないからだ。

じゃあ東京駅の新幹線ホームで売っている駅弁はどうなのよ??

べつにそれを食いたいヤツがいるかぎりはそこで売るのを拒絶したりはせんが、
バブル勃興以前のモノの不足していた時代から同じ商売しているような店なんぞつぶれてしまっても我輩は決して同情せんだろう。

地方にいくと80年代半ばから時間が止まっていて少しずつ衰退していくのを座して待っている地域がいくらでもあるが、東京駅でそれに近いものを感じようとは思ってもみなかった次第である。