手島海咲選手は決して不器用なタイプではありません。蹴り技の足数を増やす稽古とともに上段回し蹴りの稽古も相当行いました。ノーモーション、また振り切る上段回し蹴りも早く鋭く蹴ることができますし、後回し蹴りもバランス良く、見事なフォームで蹴ることができます。それでも今大会で手島海咲選手が上段の蹴りをほとんど出さなかったのは決勝で当たるであろう水谷恋選手との戦いで強い攻撃をを外すステップワークや強い打撃に耐えながら最後まで動き続ける事に関して、高い位置の蹴りを出す事はリスキーであると判断したのだと思います。一撃必倒のロマンもわかりますし、戦い方に華を求める考え方も理解できます。それでも限られた稽古時間の中で獲得した能力を使って「優勝」と言う頂にたどり着くごく細い道を登り切るために考えた結果の戦い方であると私は理解しています
水谷恋選手は回り込む選手に対してスイッチで正対に近い位置に動き、左右の腕の長さを変えて上下の突きを的確に当て、残った側の足の内股に下段蹴りを入れて捉えてダメージを積み重ねていくとても強い選手です。さらに手島海咲選手の回り込みを想定して捉える稽古を積んできたと予想されます。試合後の優勝インタビューでインタビュアーから「正面で足を止めて戦っている時間が多かったように感じたが。」と言われましたが、そう見えるくらい、水谷選手が回る手島海咲選手を追い詰め、的確に攻撃を当てて来ていたことがわかります。それでも段階を上げたステップワークの稽古を積んできたからこそ、ウエイトトレーニングで強打に堪える身体を作ってきたからこそ、なんとか決定打を与えずに戦うことが出来たのだと思います。本戦0対1、延長0対2、薄氷を踏む思いで最終延長に入ります。ここで少しだけ水谷恋選手のスピードが落ちたのか、回り込みが効き始めます。足技の中段回し蹴りはしっかり反応して受け、下段回し蹴りはインパクトを作らせない事に成功しています。ステップワークからの足技も入る数が増えます。それでも水谷恋選手の手技は強く、バリエーション豊富に襲ってきますが、手島海咲選手もより攻撃的な動きがしっかり出来ていました。
テレビ観戦、会場での観戦、セコンド、副審、主審。これは試合がよく見える順番です。会場で観戦した後、TVの録画を観るとかなり違った印象になりますし、副審を勤めているとセコンドの野次まがいの声援(最近は殆どありませんが)を聞いて「見えてないんだな。」と感じることがあります。さらに主審を務めていると副審には見えていないものが見えます。選手の妨げにならない範囲で出来るだけ近い距離に立ちますし、椅子に座って見える角度が決まっている副審に対してよく見える位置に動くことができる主審は見え方に大きな差があります。動きの滞りや姿勢の乱れ、呼気に混ざるほんの少しのダメージの気配などを見逃しません。手島海咲選手は稽古で追い込んでいくと呼吸の中にその疲労度が見て取れる時がありました。呼吸法と言うほど大層なものではありませんが、追い込んだ状況でも呼吸音を抑えて稽古したことも決して無駄では無かったと思います。決勝の主審は木村靖彦師範で極真会館の全日本や世界大会で左中段回し蹴りを武器に勝ち上がり何度も上位入賞していた強い選手であったのを記憶しています。その主審が本戦、延長と引き分けの判定。そして最終延長で2名の副審と共に手島海咲選手に挙げ3対2で優勝が決まりました。
手島海咲選手決勝の最終延長の最後の20秒を「奇跡」と評する文を読みました。誤解を恐れずに言えば、今の試合はピラミッドの高さを比べ合うのに似ていると考えています。稽古の量で積み上げる石の数が決まります。これが余りに少ないと先ず勝負になりません。土台を広げすぎても、高くは積めませんし、高さのみを求めてもだめで、安定させないと何かちょっとしたつまずきで崩れてしまいます。また、頂きに近くなればなるほど高強度の稽古が必要になりますので、インターバルの取り方も難しくなります。私が今までに経験したもっとも強度の高いトレーニングは、永田一彦会長の五反田ワークアウトで心拍計をつけエアロバイクで行った30秒×3です。そのトレーニングのためだけに半日もの時間が必要でした。稽古をしていないことを試合で出す事はできません。その20秒を出せる稽古を手島海咲選手は行いました。それでも、強敵相手に、決勝の、最終延長の、ラスト20秒で、相手を上回るラッシュをかける。それがどれほど困難であるかをわかるからこその「奇跡」と言う言葉であると理解してしています。
試合終了後、ドーピング検査、トロフィー・賞状授与式、優勝者インタビューなど遅くまでかかりましたがセコンド冥利に尽きる思いでした。また、とても多くの師範の方々から声をお掛けいただきました。同じ新極真会としての優勝を喜んでくださいました。また、同じ道場で共に汗を流す仲間達、ずっと支えてくださったご家族の方々と喜びを分かち合う事が出来ました
多くの方々からご指導、アドバイス、応援を頂きました。何がひとつ、誰か一人でも欠けたら今回の優勝は無かったと思います。本当にありがとうございました。そして誰よりその感謝の気持ちを忘れない手島海咲選手はもっともっと強くなってくれると信じています。道場として、指導者として、これからも全力でサポート、指導をさせていだだきます。
これからも何卒御指導、ご鞭撻を賜りますよう、お願い申し上げます。
押忍。