ツレの友人が館山市内で、作品展を開催中なので、12/12(日)特急「新宿さざなみ1号」に乗り、作品展の他館山市内を2人で散策してきました。館山市は千葉県南部に位置する人口44631人の街、観光業や漁業が中心の館山都市圏の中核都市でもあります。
駅を降りて感じたのは、鋸山を超えると肌着1枚分暖かいと言う、昔からの言い伝えです。木更津の肌を刺すような冷たさとは、雲泥の差でした。
南国の空を優雅にトビが飛行しています。静かなはずの年末の街角から、祭り太鼓や山車を曳くかけ声が聞こえてきました。ツレと音のする方に行って見ると、六軒町と書かれた提灯で飾った山車が町中を曳き廻されている最中でした。
この3年コロナ禍や台風の被害で、祭典のみとなった安房地方最大の祭り「やわたんまち」。来年こそは祭が出来るか検証のための山車の曳き廻しが11/6に三軒町で行われました。それに続いて12/12に六軒町の山車の登場です。漸くこの日の道路使用許可が昼間のみ降りて、山車を飾り付け、衣装着用しての曳き廻しが行われました。
六軒町の山車の特徴は、何といっても「黄金の鳳凰像」。堂々たる風格と金箔で染められた美しい姿は「やわたんまち」の山車の中でも群を抜いています。鳳凰像はトップの写真がわかり易いと思います。
六軒町の山車は明治20年代前半(1887年頃)地元の大工三木屋2代目・吉野伝蔵の作と伝えられ、彫刻は館山国分の後藤喜三郎の手によるものとの由。そして山車後部からは楠木正成公の人形がせり出すという精巧な物です。
山車は北条地区の六軒町・神明諏訪神社から町内を曳き廻されJR内房線の踏切を渡りました。後をついてくる氏子が線路に足をとられて転んでしまいました。すぐに起き上がり何事もなかったかのように山車に就いて行きました。祭りの若衆は元気いっぱいです。
マスクをかぶりながら山車を曳いている姿が違和感ないのは、もうコロナ禍が2年も続いているからでしょうか?はやくコロナがおさまり勇壮な「やわたんまち」を見たいものです。
私にとっても「やわたんまち」は、10年以上前に写真仲間と何度か撮影に来たことがある懐かしい祭り。街角で山車を見かけるとその頃にタイムスリップしたようになり、当時を思い出して切なくなりました。