年が明けて、優先順位が上位にある生活のためのあれやこれやがようやく片づいて、一月中旬から三回スキーに出かけた。僕は大概前日にスキーに行くことを決めるので、それからあちこち電話をしてパートナーを見つける。
「明日、山滑りに行かない?」
「明日かあ、だめだよ、無理!」
まあ、そりゃそうだわな。そうそうホイヨッ!と付き合ってくれる奴なんかいない。大概みんな予定があって、スキー場の仕事やら、バックカントリーツアーやらやっていて、結構計画的に日程をこなしているのだ。僕の場合、冬のアルバイトは(アルバイトと言えるかどうか、僕は高速道路の除雪隊を25年もやっている)全くお天気相手なので、天気が良い時は結構暇ができる。事前に新雪が降って天気が回復すれば、すわ山スキー!と言うことになる。
ゲレンデスキーならば一人でどこへでも行けば良いのだが、山スキーとなると、雪崩や激突や骨折や諸々の心配があるので一人では出かけにくい。だから、今年行ったのは全てゲレンデスキーか、人の気配を感じるその周辺ばかりだ。それにしても、僕はとにかく圧雪していない深雪滑りが大好きなので、ゲレンデの脇や、少し歩いて新しい雪を見つけて滑ったりする。
ゲレンデは、夜中に圧雪車で綺麗にならされ、朝一番には見事な一枚バーンとなる。デコボコがないからとても滑りやすく、潜ることもないし思い切りかっ飛ばす事だって出来る。しかし、山に降る自然のままの雪はそうはいかない。当たり前だが、雪面は柔らかく、大雪の時は足の裏に堅い感触を感じないから、スキーは前後左右に不安定だし、刻々と変わる雪質にも対応して滑らなくてはならない。でもそれを滑り切る事が喜びであり、そのフワフワとした感触が実に楽しいのだ。その感覚はサーフィンに近いのかも知れない。
そんなわけで、今日はひとり、白馬コルチナスキー場に出かけた。このスキー場は小谷村最北に位置し雪が多い事で有名だ。白馬辺りと比べても、感覚的には二倍降る。だから、雪が頻繁に更新されるのが魅力だ。おまけに、ごく早い時期に最近流行のバックカントリースキーに対応して、ゲレンデの中の樹林帯までを自己責任で滑走可能とした。要するに、リフトを使ってどこを滑っても良い訳だ。
そんなところに深雪スキーヤーが集まらないわけない。ひとたび新たな雪が降ると、このスキー場のリフトには朝早くから、深雪スキーヤー達が(ボーダーも)並ぶ、その数ざっと二百人。そのうち半分以上が外国人。そしてその全員がバージンスノーを滑ろうと集まっているのだ。ニセコなどもそんな状態らしいが、白馬界隈も相当なものだ。
オーストラリア、ロシア、スウェーデン、アメリカ、「おいおい、お前ら日本なんか来てる場合じゃないだろ?」と思うのだが、聞けば、日本の雪が最高なのだそうだ。とにかく降る量が多いから、常に雪がリセットされて、かなりの確率でパフパフ滑りを楽しめるから。カナダや、アメリカやヨーロッパは降る時は降るが、降らないとなったら何日も降らないのでそうで、短い滞在でパウダーに当たればラッキーらしい。そんな理由で、現在日本の雪は世界一と言われている。世界的に見ても、こんなに雪が降る場所は珍しく、カナダの西海岸や、パタゴニア辺りぐらいのものだと聞く。へえ、僕らは最高の場所に住んでいるんだね。
前置きがやたら長くなってしまったが、今日のコルチナスキースキー場は天気は最高で、ここのところ降っていなかったので、クレイジーなスキーヤーも居なくてゆったりと快適だった。クレイジーな連中が集まる日には、僕も同じくクレイジーになって、幅広の板を履いて我先にと新雪を貪り回る。人より先に滑らないとあっという間に美味しいところは、ズタズタにされてしまう。滑り屋同士のその駆け引きもエキサイティングで面白いのだがそれも少々疲れるのだ。だが、今日はそんな心配は無用で、僕は落ち穂拾いをするように、わずかに残された新雪を探しては滑った。ひとつ丘を登れば手つかずの新雪バーンがそこにある。その為の道具をご紹介しよう。
これは、ディナフィット社製のTLT金具を付けた超軽量板。このTLTはヨーロッパの山岳遭難救助や、山岳耐久レース用に開発された超軽量金具で、板も軽くブーツも非常に軽い。救助や山岳耐久レースは歩くことがとても重要だから、軽いことは圧倒的に有利になる。滑る時は踵は固定されるが、歩く時はフリーになって歩くことが可能になる。
そして、通常山スキーは歩く場合はスキー板の裏にシールというものを貼り付ける。シールとはナイロン製の一方向に毛並みがそろった毛皮のようなものだが、昔はアザラシの毛皮で出来ていた。だが僕が今日使っていたのは、ウロコ板と言われるもので、使い古しのスキー板に、友人のバン屋クラフトの松原さんにウロコを刻んでもらった。急斜面はシールの様には登れないが、緩斜面なら大丈夫。シールを付けたり外したりの手間がないので、歩いて滑って、また滑って歩くという、登ったり降りたりのルートにはとても具合が良い。ほんの三十メートル、ちょっとそこまで登るのに、シールを着けるのは大変面倒臭い。だから、大きな山を登らない時はこの板を使うことが多い。滑りは若干抵抗がかかるが、それはこの際目をつむる。とても軽快で、自由自在に雪山をうろつき廻れるのだ。深雪など気にせずあっと言う間に、あの山の上へ行けてしまう。僕のような天の邪鬼山スキーヤーには最高のパートナーだ。
もっとこの素晴らしさを伝えたい所だが、とても一回や二回で語り尽くすことが出来ないので続きはまた後日。