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心のたねを言の葉として

関東大震災 「朝鮮人が暴動を起こした」「朝鮮人が井戸に毒を入れた」というデマ

2021-08-23 05:25:31 | 言葉

関東大震災 「朝鮮人が暴動を起こした」「朝鮮人が井戸に毒を入れた」というデマ

 

       (『民衆暴力 ――一揆・暴動・虐殺の日本近代』 藤野裕子 2020年 中公新書 p140)



 流言の発生源をめぐって

 1923年9月1日午前11時58分、南関東を中心に大規模な地震が発生した。相模原湾を震源とし、マグニチュードは7.9であったといわれる。神奈川・東京を中心に甚大な被害が出たが、特に都市部では火災による被害が大きかった。東京では市内の約三分の二が焼失したとされる。そのなかには、内務省・警察庁といった警察機能の中枢を担う建物も含まれていた。震災による死亡者は約10万人と推定されている。

 混乱のさなか、先述のような流言の数々が出回った。これらの流言がどのように発生したのか、という点には諸説がある。民間から自然発生的に湧き上がったという説、官憲が意図的に流言をつくり上げたとする説、官民双方から生じたとする説である。

 これらは朝鮮人虐殺の責任について、民衆と国家権力のどちらに重きを置くかという、研究者の立場の違いを反映してもいる。また東京と横浜のどちらから流言が発生したのか、両者は別々に発生したのか、という点も議論されてきた。しかし、流言の発生源を厳密に特定することは史料的に難しい。

 

 警察が誤情報を流す

 それでも、研究上、見解が一致している点がある。発生源がどこであったにせよ、震災当初から警察が朝鮮人に関する流言・誤情報を率先して流し、民衆に警戒を促したことである。長年にわたりこの問題を研究してきた山田昭次は、次のような史料を紹介している(『関東大震災時の朝鮮人虐殺』)。本郷区で10月25日に開かれた区会議員・自警団代表などの会合で、自警団の代表者は次のように報告したという。

 

   9月1日夕方、曙町交番巡査が自警団に来て「各町で不平鮮人が殺人放火して居るから気をつけろ」と二度まで通知に来た外、翌2日には警視庁の自動車が「不平鮮人が各所に於いて暴威を逞しうしつつあるから各自注意せよ」との宣伝ビラを撒布し、即ち鮮人に対し自警団その他が暴行を行なうべき原因を作ったのだ。(『報知新聞』10月28日夕刊)

 

 これは震災からふた月近く経ってからの報告であるが、オンタイムに書かれた史料もある。寺田寅彦も「震災日記より」の9月2日の条に「昨夜上野公園で露宿していたら巡査が来て〇〇人の放火者が徘徊するから注意しろと云ったそうだ」と記している。

 伏せ字の「〇〇」の部分には「朝鮮」が入るのは間違いない。また、中原村の青年団員・在郷軍人会中原分会員の日記には、9月2日の条に「この日、午後、警察より、「京浜方面の鮮人暴動に備うる為出動せよ」との達しあり。在郷軍人・青年団・消防等、村内血気の男子は各々武器を携え集合し、市之坪境まで進軍す」と記されている(『川崎市史』資料編3)。

 

 政府が誤情報を流す

 そればかりではない。9月3日午前8時15分には、海軍無線電信所船橋送信所から、呉鎮守府副官経由で、各地方長官宛に次の電報が寄せられた。原文は、2日の午後に東京から船橋に送られた(山田『関東大震災時の朝鮮人虐殺』)。

 

    各地方長官宛   内務省警保局長

   東京付近の震災を利用し、朝鮮人は各地に放火し、不逞の目的を遂行せんとし、現に東京市内において爆弾を所持し、石油を注ぎて放火するものあり。既に東京府下には一部戒厳令を施行したるが故に、各地において充分周密なる視察を加え、鮮人の行動に対して厳密なる取締りを加えられたし。

 

 内務省警保局は警察を取り仕切る官庁である。その長官の名義で、「朝鮮人が暴動を起こした」という内容の電報を各地方長官(府県知事など)に送っていたのである。政府から地方長官に渡った布告・通牒は、郡役所を介して各町村へと伝達される。

 震災当初、政府や警察は流言を否定せず、むしろ広めていた。情報の少ないなか、官憲が流した誤情報が信憑性をもって広まったことは疑いない。民間によるデマ、民間による虐殺というイメージとは異なり、公権力の手によってデマが流布したのである。

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