chuo1976

心のたねを言の葉として

CⅩⅩⅩⅩⅣ「大いなる幻影」1999  『エイガニッキ』 SASHI-ハラダ  2025/1/7

2025-01-07 15:03:32 | 映画

CⅩⅩⅩⅩⅣ「大いなる幻影」1999  『エイガニッキ』 SASHI-ハラダ  2025/1/7

 

東京の路地、階段上の部屋、若いチンピ
ラたちが、部屋の中を物色している、物音の響き、部屋から運び出したボックス金
庫、階段から落下、カメラは見上げていたが、パンダウンして、階段下に落下した金
庫、そして路地、冴えない夜のネオンの下、若者たちが降り立って、運んで、壁にご
みを投げつけて、取り散らかして、暴れて、金庫を開けて、札束を奪う、そんな中に
主人公のアップ、表情、この物取りの中に、初めから居たのだろうか、通りかかって
彼らと出くわしたのか、カフェバー、行ったり来たりの娘、カウンター奥の酒瓶た
ち、客ともスタッフも、ぶらぶら歩く者たち、主人公は部屋に、窓辺のソファ、座り
込む、が、その座っている主人公が、画面から、消えて、同じソファ捕えた固定
ショットの中、人物は刈が、ゆっくり消えていく、そもそもの初めから、主人公は亡
霊では無かったか、だから、あの若者たちの中に居たのも、紛れ込んだのも、亡霊の
紛れ込み、主人公の消えた部屋、郵便局、客、受付の娘たち、出される封書たち、ス
タンプを押す娘たち、運ばれる荷、ボックスの中に、仕事が終わったか、娘は荷の中
の封書を取りだして、部屋に、主人公の居た部屋、消えた部屋、屋上、物干し、持ち
帰った封書を開けて、草花の赤い実、ギターの録音の娘、教師役の青年、一節録音が
終わると、他の楽器に、ピアノ、戻った主人公、テープを取りだして聞く主人公、窓
辺の主人公、座っている、だが、果たして、いるのだろうか、既に死しているのか、
亡霊か、判らない、娘との関係は、二人は、ともに、部屋の中に在ることを分ってい
るのか、テントのないトラックの荷台に佇む娘、他の人々も、トラックでの通勤、こ
れはごみの、埋め立てから、町に向かうトラックか、どうやら会社に向かっているの
だから、出勤風景、ならば、住んでいるのは、主人公も娘も、戻ってきた屋敷は、ご
み捨て場の近隣、ごみ捨て場の中の幻想の屋敷の中、娘の居る部屋、窓からマンショ
ンが、警報が鳴り響く、廊下を男と女が、逃れ、追いかけ、またの日にも、二人の
追っかけ、見つめる娘、その見つめる娘を見る逃れる娘、階段下に、そして、娘の住
まう部屋に、慌てて、ドアをロックする娘、だが、逃れてきた娘の執拗なノック、開
けて中に入れてしまう、男もまた、追いかけてきて、部屋の中、困惑の娘、男は娘を
抱いて外に、戻っていく、警報の鳴響く中、この二人もまた幽霊ではないか、あのト
ラックの通勤者たちも、デモテープを聞かせる主人公、聞き入る、プロデューサーだ
ろうか、友人だろうか、ミュージシャンだろうか、始まりのカフェでの二人、二人は
語らい外に、どぶ川の向かいで、若者たちが屯している、また、犯罪か、盗人か、主
人公は一人別れて去っていく、残った相棒の、プロデューサーだろうか、金属バット
を手に、若者たちは、こちらに向かって進み來る、向かい行く男、怒りの、苛立ちの
若者たち、主人公と男と若者たち、握手する四人、和解したのか、車を走らせる主人
公、古いお屋敷の前、車を止めて、何やら盗み出して、遁走、相変わらずの、盗み稼
業、主人公と若者たちの関係は、だが、これまでの若者と同じグループかどうか、デ
モテープの男との関係は、果たして、主人公の仕事は、郵便局の娘、封書の振り分
け、部屋、だが、マンションの見える部屋と、始まりのソファの部屋は、同じなのだ
ろうか、荷物が片づけられて、襖を黄色と青で塗る二人、黄色の中の丸い白、張り紙
がしてあったか、丸く白く切り取られて、横の襖は青く塗られて、あの青は、郵便局
で働く娘のチョッキの青、娘と主人公、草原、土手上の高層ビル、土手下から、見上
げるカメラ、横移動、部屋の中のサッカーの試合、その応援のドラムの響き、反復さ
れる音たち、寝ている主人公、の後ろの画面、競技場でのドラムのバンド、響き渡る
同じ音、座って試合を見ている娘、部屋の二人、恋人通し、兄弟、夫婦、娘の持って
帰る封書たち、何かの目論見が有るのだろうか、何所か組織からの知らせか、二人の
役割は、娘は部屋に張られた地図をはがし、日本列島のない、地図に、描く日本、娘
は二人で一緒に行こうと、誘う、トランクを持ち、運び、外に、上空を舞う飛行機、
飛行場に向かうか、その最中に、太鼓の響き、応援の人々、巡って、娘を撮り込み、
一方には、黒づくめの若者たちの集団、通りを横に広がって、太鼓の行進を止めよう
と、彼らの面前で止まる楽隊、下がり去っていく、楽隊の者たち、娘は一人、取り残
されて、そこに取り囲みの黒づくめの男たち、男たちになぐられ、倒されて、倒れて
画面から消えて、だが、男たちは執拗に、殴りつける、盗人仲間の、仕業、デモテー
プの男と主人公、男は去っていく、後を追い、殴り倒す主人公、これら、若者たち、
男との、関係は、仲間なのか、敵なのか、仕業ごとに、倒れた娘を探し出し抱きしめ
る、死したか、いや、初めから死していたのでは、娘は目を開ける、幽霊だから、抱
きとめる主人公、郵便局の娘、働く娘、そこに黒づくめの男たち、若者たち、脚立で
カウンター内に入り込み、駆け込み、襲撃、だが、壁際に倒れ、座り込み、マスクを
外してしまって、顔を晒した主人公、見つめる娘、互いに、判っていたか、偶然の再
会か、壁際の主人公を捕えるカメラ、また消える主人公、壁が残されて、そんな主人
公を見つめていた娘、全ては、こんな主人公を幻想として見ていた娘、己の死もま
た、散々なるリンチも、娘の幻想、いや、主人公の幻想、そして、二人は郵便局の外
の階段に座りこむ、行き場のない、宛のない、希望のない、二人、これが恋、死した
二人の恋、死している恋、そんな二人の姿を幻視する私、監督、こんな私たちは、映
画に見返されていないか、あなたも、また幻だよと、現実も、映画も、まぼろし、
ま、ぼ、ろ、し、大いなる幻、

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CⅩⅩⅩⅩⅢ「私の彼氏」1947   『エイガニッキ』 SASHI-ハラダ  2025/1/2

2025-01-02 17:01:33 | 映画

CⅩⅩⅩⅩⅢ「私の彼氏」1947  『エイガニッキ』 SASHI-ハラダ  2025/1/2

 

ニューヨークのクラブ、深夜、ジャズセッ
ション、歌う主人公、相棒の女が現われて、語らう二人、その後のドラマは、過去の
出来事か、いや、故郷に思いを馳せての、語らいで、その後の西での出来事か、クリ
スマス、クラブのカフェで働く娘、家で待つ子ども、リーダーは、帰っていいよと、
笑みで帰り支度の娘、そんな娘を見つめている、クラブのオーナー、店の外に、そこ
に待つオーナー、誘って、車の中に、娘を送って、部屋の前、語らい強引にキスする
オーナー、困惑の、怒りの娘、慌てて外に、部屋の窓から、二階の窓から母を見つめ
て声を出す少年、クリスマスのプレゼント達も、そのままに玄関に、オーナーが後ろ
からプレゼントが有るよとばかり、かくて部屋の中、迎える妹、少年、目になぐられ
た後、喧嘩したのだ、だが、母はツリーを持って現れた、が、これはオーナーのプレ
ゼントではないのか、隣の部屋から、双子を抱えた夫婦が、美貌の派手な娘と冴えな
い夫、しっかり働いているのだろうか、そんな部屋の中に、主人公がニューヨークか
らやってきた、久しぶりの再会の姉妹たち、そして、下の弟も、家族が揃ってのクリ
スマス、主人公は、暫くは、この地で、過ごす算段で、妹はカフェの仕事をしていた
が、オーナーの厭らしさに、溜らずに、主人公はならばとばかり、家族を養うには、
自分で働かなくては、妹の分も、こうしてクラブの歌手に、直ぐにオーナーは目を付
けて、他の娘たちにも、言い寄っているのだが、こうして、西での生活の始まり、そ
して、そのクラブの中、ピアノを弾く男が、語らって、彼はピアニストとして上手く
行かずに、船員として働いて、今は次なる出航前で、こうして日々を過ごしている、
バーで再会して、語らって、恋して、だが、何所かピアニストには諦めが、若くもな
く、強引に、主人公を抱きとめることも出来ずに、妹娘の夫は、戦傷者、精神を病ん
で病院に、尋ねた妹、病室の中、だが、外で待つ上官はドアを開けたままにと、様子
を見守りたいのだ、笑みで入ってきた妹、語らう二人、だが、夫の思いは、相変わら
ずに、いやされずに、苦悩の中、苛立ち、妻を詰り、詰め寄って、慌てて上官と医師
が部屋の中に、やはり未だ、退院できる様子では無い、悲しみの妻、主人公ばかり
か、他の家族もまた、皆、問題を抱えて、弟も、クラブで下働き、娘たちを見つめ
て、何所かだらしない生活、双子の母も、子供たちは夫に任せて、働きに、クラブ
に、ここでもまた、オーナーに語り掛けられて、まんざらでもない妻、下の妹は、今
だ若くて、夢見る少女、ダンサーをしていなかったか、誰もが、実直な仕事をしてい
ない、主人公が部屋に戻ると、ピアノを奏でている、男、笑み、だが、相変わらず
の、二人、主人公も、クラブでの仕事も、どうにか、収まっているが、果たして、
オーナーの強引な思惑、所詮遊びに過ぎまいが、己の恋、ピアノ弾きの不安気な姿、
オーナーは双子の母との語らい、何所か既に、このむすめとのことは面倒に思っても
居るオーナー、下の弟の下働きの男に、娘を車で連れ出せと、好きにしてよいと、笑
みの弟は、娘を連れ出して、娘はオーナーの元に行くのだとばかり、だが、弟の誘い
と知り、車の中で、苛立ち、止めろと、疾走する車、暴れる娘ゆえに、車を止めて、
娘は飛び出していく、車を走らせる弟、だが、走り出した娘の前に、向かいからス
ピードを上げた車が、衝突、娘の死、双子の父に電話が、慌てて外に、向かいの部屋
の、妹二人に子供を頼むと、出ていく夫、悲しみと怒りの夫は、オーナーの仕業と、
銃を手に、オーナーを狙って、そこに居合わせた主人公、弟が、娘を連れ出したと
知って、オーナーが嵌めたのだが、怒りで現れた双子の父の前に立ち、止めて、隙を
見て手にした銃を叩き落として、駄目夫の、頬を散々に、叩くのだ、叱りつけて、涙
の駄目夫、かくて、オーナーと主人公の語らい、警察は、弟を犯人扱い、オーナーの
狙い、電話するオーナーを止めて、己を犠牲にして、弟を助けるのだ、ピアニストと
の恋を諦めて、オーナーに従うのだ、部屋に戻ると、妹の夫が、病が癒えて、戻って
きた、笑みの夫、息子の笑み、ともに外で野球に、窓から見める主人公と妻、笑みの
二人、漸く、妹の一人は、収まったか、だが、果たして、この夫の笑みでいつまで続
くのか、そして、彼は真っ当に働いて、家族の面倒を見続けられるだろうか、下の妹
と、弟は、今だ、幼いままに、かくてピアノ弾きは船に、港に見送りの主人公、男
は、最後まで、主人公を連れ出せない、主人公もまた、家族を捨てて、妹や弟を捨て
て、飛び出せない、見送り、手を振り、振り返り、涙の、涙の、歩みだ、何とも、こ
のゆっくりとした、歩きの中、涙の、涙の、姿、あまりの美しさの中、苦しくて、苦
しくて、

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CⅩⅩⅩⅩⅡ「女であること」1958  『エイガニッキ』 SASHI-ハラダ  2024/12/31

2024-12-31 12:03:10 | 映画

CⅩⅩⅩⅩⅡ「女であること」1958  『エイガニッキ』 SASHI-ハラダ  2024/12/31

 

 

美輪明宏の歌、女、おんな、おんな、東
京の多摩川付近のお屋敷、娘がバルコニーの鳥かごの前に、郊外の風景、起きだした
主婦の主人公、風に怯えて、小鳥に対しても、不安気な娘、食事は終わったのかと主
人公、まだですと、一緒にと主人公、部屋に戻り廊下に戻ると既に娘は消えて、夫は
弁護士で、彼の弁護している死刑囚の娘なのだ、身寄りがなくて、二人で引き取っ
て、弁護士は、再審の為に働いている、そんな娘にはボーイフレンドが、学生さん、
弁護士のお屋敷に住まう、夫婦の身寄りと思ってか、憧れの弁護士屋敷の娘に恋して
いる学生、娘は、父のことは何も語れずに、話せば、青年は去っていくと、全てに不
安なのだ、疲れ果てて、病がちでもあって、お屋敷には、世話する使用人の叔母さん
と、4人暮らし、夫婦には子供がいまだないのだ、故に、娘を引き取ったのだとも、
主人公は友人の個展に、昔の女学校の同級生たち、何所かブルジョアの叔母さんたち
の気取り、貝殻の絵が、主人公の過去のロマン、皆が知っているロマン、皆の憧れの
青年、そして、主人公と青年の恋、貝殻にまつわって、皆は、主人公を揶揄って、主
人公にとっては、既に過去のこと、個展には、主人公の友人夫婦と息子が、個展の主
は、そのロマンの人も訪れたと、何とも、何所か困惑気味な主人公、過去とばかりは
言えない、思いが残されているのだ、割り切れない表情、これもまた女、大阪の友人
の娘が飛び出して、始まりのシーンで、自転車で通りを乗り回していた娘、友人から
の手紙に、驚きながら、近いうちに在られると察している主人公、聴かされた夫、ま
た一人娘が増えるかと、私が面倒を見なくてはと主人公、人が良いとも、だが、この
人の良さに、皆が甘えてしまうのだが、かくて現れたおてんば娘、果たして、死刑囚
の病がちの娘と仲良くできるだろうか心配な主人公、おてんば娘は、何も気にせず
に、玄関先の主人公の大切にしている菊も伐ってしまうのだ、平気で夫に語らって、
仕事場にもいついてしまって、しかし、可愛い娘に夫もまんざらでもない様子、こう
して、自分で蒔いた種ながら、おてんば娘に嫉妬、しかも、死刑囚のためとも、その
娘のためとも、このむすめにもまた何所か嫉妬、おてんば娘と友人の息子と連れ立っ
ての観劇、そこで、あの過去の男と偶然に再会、妹の子を連れて、その様子を見てし
まうおてんば娘、これで一入、夫に取り入る気を起こさせてしまうのだ、この日、死
刑囚の娘は父を訪うて、おてんば娘にも、その旨を話してあまり刺激しないように
と、おてんば娘は夫の仕事を手伝い始めて、相変わらずの燥ぎぶり、死刑囚の娘は、
学生と語らって、彼は娘の部屋を見たいと、離れの娘の部屋を訪うて、言い寄って、
抱いてしまう、そこに夫の仕事の書類を取りに戻ったおてんば娘、去っていく学生を
見てしまう、髪を乱して、現れる娘を見て、察するおてんば娘、有人夫婦の息子は、
主人公を誘って、やり手息子は、何所か幼馴染のおてんば娘よりも、年上の美貌の主
人公に惹かれて、誘われた舞踊は断って帰る主人公、が、あの過去の男が夫と仕事の
取引が、何も知らずに、夫はこの男を屋敷に招いて、大阪からおてんば娘の母がやっ
てきていて、夫の居ない留守に男が屋敷に、こうして主人公と男の再会、おてんば娘
の母が、何とか取り持とうと、だが、二人とも、満足に語れずに、が、二人で会うこ
とに、遊び人の男は、よりを戻そうというよりも、昔の好で遊びたいばかり、夫と
は、娘たちのこともあって、何所か気まずくて、過去にすがりたいところも有った主
人公、だが、遊び人の男は、主人公を知っているので、無理強いはしない、主人公に
その気が有ればとばかり、こうして家族は、ばらばらに、死刑囚の娘は飛び出して、
学生とともにアパートに、契りを交わしたのだから、結婚するのが当たり前と飛び出
した、父のことも話して、が、父のことを話してから、何所か怪しい、結婚話に田舎
に戻ったが、なかなか戻らずに、お屋敷に、弁護士の夫に、憧れていたばかりの駄目
学生、そこのお嬢様と思い込んでいたのではないか、田舎では、死刑囚の娘など全く
相手にされずに、拒まれて、小さな鏡台を手にした娘を詰るような姿、悲しの娘、学
生は出ていって戻らずに、おてんば娘は、帰りの車、川縁に降り立って、口喧嘩のご
とくの二人、おてんば娘を追っての夫、草むらの中、倒れた娘、覆いかぶさる夫、キ
スしてしまうのだ、女であることはなかなか大変、そんな女たちに、振り回される男
たち、振り回しているようで、結局、何所か女たちに振り回されていないか、おてん
ば娘は主人公の過去の人を知って、惹かれて、飛び出した、、夫はおてんば娘に、主
人公は過去の男に翻弄されて、こんな混乱の中、死刑囚の再審、目出度く、死刑を逃
れて、数年の求刑に、笑みの娘、駄目学生から離れてお屋敷に戻って元気を取り戻し
て、裁判の結果もよくて、笑みの夫、そこに主人公の妊娠、二人の戸惑いも、おてん
ば娘が飛び出して消えた故に、漸く、和やかに、友人夫婦と息子も現れて、久しぶり
の家族の団欒、そこにおてんば娘が雨の中戻った、画帳に書きつけた、叔母様好き、
嫌い、叔父様、好き、嫌い、気象の激しいおてんば娘、それでも、可愛い娘には違い
ないのだ、主人公に取って、過去の男はカナダに転勤、カナダから手紙が、ならば、
おてんば娘は今、どこで、誰と、何をしている、叔母様のことは好きよと、そればか
りは判ってほしいと、他の誰にも会わずに、雨の中走り去るおてんば娘、さて、ここ
では、何時もの川崎の、ちゃぶ台、家族の憩いのテーブルが、ない、始まりの朝食
も、夫と娘、主人公は今だ現れず、その後も、テーブルには、人が出たり入ったり、
文字通り、おてんば娘の出現、死刑囚の娘の飛び出し、主人公と夫もまた、夫の仕事
机の前で、睨み合い、いがみ合い、ゆったりした憩いの場から遠く離れて、ラストの
皆が集まって、そこに妊娠の知らせを抱えて戻った主人公、晴れて、目出度し、めで
たしの、ところに、おてんば娘がやってきた、妻は皆から離れて、外に、裏口で語ら
う二人、去っていくおてんば娘のシーンで終わるのだ、最後まで、結局、ゆっくり
と、安らうテーブルは無かった、だから、主人公の妊娠も、怪しい、流産するのでは
ないか、夫も、裁判の後、頭の痛みを抱えて、疲れているのだと、感謝の娘の前で、
大体に於いて、妊娠は、この死刑囚の娘こそが学生との子を身ごもっていないか、そ
して、おてんば娘のもまた、カナダに飛んだ男の子を宿していないか、死刑囚もま
た、最高裁が待っていないか、危うい、危うい、ロケ地が楽しいです、多摩川、御堀
端、裁判所、劇場、クラブ、射撃場、端役だが、友人夫婦の息子もまた、怪しい青
年、学生ばかりでは無く、若い男たちも、何とも、だらしない、夫だって、世話に
なった弁護士の弟子、その弟子の弁護士が、娘との結婚、お屋敷付きで、娘を恋しも
したろうが、お屋敷に、地位に恋してもいたろう、学生と一緒なのだ、学生は当てが
外れた、学生もまた夫の事務所で働きたいとも語っていたのだから、おてんば娘の狙
いも夫、友人夫婦の息子の狙いも主人公、危ない、危ない、男、おとこ、おとこでも
あるのだ、打算、ださん、ださん、女、おんな、おんな、民が女であり、皆が男なの
だ、

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CⅩⅩⅩⅩⅠ「あらくれ」1957を見る聴く   『エイガニッキ』 SASHI-ハラダ  2024/10/22

2024-10-22 16:40:23 | 映画

CⅩⅩⅩⅩⅠ「あらくれ」1957を見る聴く   『エイガニッキ』 SASHI-ハラダ  2024/10/22

  婚礼の日に飛び出した主人公、両親の怒り、結婚相手は、主人公を養育してくれた育ての親の息子、だが、養家の息子とはいえ、いやなものはいや、飛び出して、再婚とも、新婚とも、旦那の再婚相手、色男、だが、主人公に対して何所か不審で、直ぐに身ごもったのも、怪しいと、美しいばかりに、何所か不審がられて、溜らない主人公、働き者ではあるのだが、聞き分けなどは無い、夫は毎晩遊び暮らして、諍いから、喧嘩に、追われて、父親は困り果て、家にも置けずに、またしても、養家の両親に頼み込むが、既に、先の結婚相手息子には嫁が、居場所は無い、山間の村に、女中として送られて、そこに旦那が優しい人で、子供たちも可愛くて、だが、旦那の妻は病がち、故に、若い美貌の主人公に惹かれて、抱いてしまう、拒む主人公も、拒めずに、旦那のいたずらだ、だが、仕方ないでは済まされない、女将も組合長も、皆が分かってしまって、狭い山間の村、更なる、山奥の村に行ってくれと女将、受け入れるしかない、この旦那には、強引に、抱かれはしたが、惹かれるところもあって、恋してもいるのだが、女将と組合長の厭らしい関係、彼らは、己らに子とは棚に上げて、主人公と旦那のことをあげつらって、山奥に、それでも、それなりに暮らして、旦那はたまに訪れて、優しいのだし、いや、だらしないのだが、父は知って、やってきた、そんな不埒なことをして、妾の様に山の奥に住まわせるなどもってのほかと、確かに、理には叶っているとも、主人公は、それでも、旦那の許に居たいのだが、妻の病気が癒えて、屋敷に戻ってきているのだ、こうなっては、旦那も自由に動けない、所詮、囲い者同然の暮らし、父親とともに、山を下りて、さて仕事だが、叔母の家で、針仕事、腕は巧みで、体は丈夫、何をやらせても、見事なのだ、かくて、針仕事を見事に仕上げて、仕入れの男に見込まれて、これでミシンが有れば、なんでも出来ると、仕入れの男はこの主人公の腕と、美貌に惹かれて、店を出すことに、働き者の主人公は、仕事取りに走り回って、そこそこの暮らしに、街中に、見出す、過去の知り合いの女、再婚相手の幼馴染の女、落ちぶれて、過去の、女の妬みの厭らしさの愚かしさを晴らそうと、少し詰って、あしらって、別れて、散々に云われて、溜らない女、だが、すでに年も取って、今さらに、しかし、着飾って、営業して、上手く行っていたかの様に見えて、少し時が過ぎると、さんざんで、しかも、少し金が出来て、夫は、だらしなく、遊び人、これまで、何のため働き詰めで、疲れ果て、朝も起きられず、昼も、何所か、やっとの目覚めて、それでも、働かなくては、店には、若い者たちも、入ってきて、そこそこに、だが、旦那は、全くの遊び人に成り下がって、しかも、なんと、その妾にした、相手が、なんと、あの始まりで結婚した、いいなずけの女なのだ、彼女にとっては復讐のつもりなのだろう、知って、追いかけ、乗り込み、散々に、喧嘩し、殴りつけ、水を撒き散らし、旦那は顔に水を浴びて、溜らず、逃げ去るばかり、諍いの最中、相手の上に、跨って、殴りつける主人公の、元気、女の元気、近代化に日本など、破壊尽くせ、だが、それでいながらも、恋する旦那には、惹かれたままに、この両義性がよいのだが、かくて、覚悟の、主人公は、店を出る覚悟、若いやり手の男と、昔からの丁稚の少年を連れて、来てくれるかと、新しく私は始めるよと、笑みの若者、さて、この成瀬の映画だが、まさに、成瀬のシーンが、前半は屋敷の籠って、宿に籠っての仕事ぶり、養家の両親の前では、庇の横に、父の座る庭先の横に、ここでは、あの成瀬の、境界線、庇、の、間は、場は無い、ミシンを手にして、通りから見える、近所のバルコニー、そして、ミシンの音、次第に、いよいよ、最前線に向かうよとま合図、こうして、夫の浮気相手の屋敷の内側から、庭先を捕えるカメラ、雨の中、庇から、逃れ行く愛人、主人公はこの庇の間に佇み、成瀬の最善を生きる、雨の中、夫は既に、この庭に、さっさと逃げ去り、玄関から現れて、靴を手にして、逃げ去るのだ、一人この愛人宅の庭先の、ひさし、成瀬の最前線に、佇む主人公、素晴らしい、見事に成瀬の映画だ、そして、主人公は、そこから、外には決して飛ばない、戻って、後ろに下がって、若者と丁稚を呼ぶ、電話する、店先に向かうのだ、今や、ついに、成瀬の最前線に、辿り着いたのだ、これまでの仕事は、何所か、夫のため、だが、今や、始まりだ、始まりだ、

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CⅩⅩⅩⅩ「進めオリンピック」1932を見る聴く   『エイガニッキ』 SASHI-ハラダ  2024/10/19

2024-10-19 16:55:26 | 映画

CⅩⅩⅩⅩ「進めオリンピック」1932を見る聴く   『エイガニッキ』 SASHI-ハラダ  2024/10/19

  波止場、営業マンを待つ男、そこに駆けつける主人公、ブラシの営業マン、走る走る、美しい娘と幼い弟の二人と衝突、こうしてアメリカと、この愚かしい国の改めての再会、恋、一目ぼれの主人公、娘もまんざらではない、語らう二人、嫉妬か、弟が主人公に矢を射る、お尻に突き刺さって、これも再会の一つか、主人公は急ぎで、波止場の待ち合わせの時間に遅れていたのだ、馬車タクシーを呼び留めて、御者が降り立つと、何とも背の高い男、膝まづく御者、実はこの馬車は、王様の馬車、娘は王様の娘なのだ、知らず、タクシーと思い込んで乗りこむ主人公、走る走る、馬車の中、王様の演説、繰り返される帽子のずれ、落下、苛立ちかぶり直す王様、波止場では船長は時間だと、いま少しとビジネスマン、やっと馬車が着いて、走る走る、主人公とビジネスマン、話がすれ違って、主人公にとっては、恋こそが、ビジネスマンとお別れ、かくて、主人公のこの国での仕事の再開、いや、恋の再会、娘を求めて、きっとあの弟と一緒だろうと、また弓を射ってもらいたくて尻を出す、かくて、二人は再会して、王様と臣たちの閣議、長テーブル、何時も勝負しか頭にない王様、一人一人、腕相撲、全てに勝ってご満悦、納得のいかない臣たち、彼らは、王様の傲慢な権力を貶めようと狙っている、こんな彼らの影に隠れて、忍びの男、黒づくめ、斜視の不気味な男、隠れて、伺ってメモを取って、誰のスパイだ、臣たちの、集まり、娘は王様に、父親に、主人公を紹介しようと、お屋敷の中、探していて再会できたのは、御屋敷の壁の内側で、花占いの娘の声が聞こえて、主人公は壁をよじ登り、中の様子を見ると花占いの娘が、御屋敷の囲いの壁の上に上り落下する、大の字に倒れこむ主人公、だが、漸くに再会、こうして、招かれてお屋敷の中、ドアの前、王様の部下たちが、散々に、投げ飛ばされて、ここでもまた勝負が行われたか、困惑気味の主人公、追われるように外に、お屋敷の窓から見える、部下と主人公の姿、娘と王様の立ち姿の、ガラス越しの、庭に、遠く見える、部下と主人公、まさに、これは、バッゾリー二ではないか、かの権力構造の中に、入りこんだ主人公、アメリカ、始まりの馬車もまた、タクシーのごとに止めてしまって入り込んだ、この度も、お屋敷の壁を乗り越えて、落下した、そして、また弟の矢が当たる、お屋敷の内と外の、権力構造、支配者と、被支配者、その間を行き来する主人公、果たして、この権力構造のなか、いかに、どこに、何やら、不審な王は、ガラスを割って、怒鳴り散らす、全ては、己の采配の中にないと、許せないのだ、ブラシを手にしている、部下たち、ビジネスの始まりとも、さて、臣たちは、庭の中、大木の横、地下の秘密のアジトに、臣たちが固まると、地下に降り立つ昇降機、主人公と娘もまた、歩いて、この大木の横、椅子に座る娘、これがスイッチ、地下のアジトに、臣たちの、たくらみを知り、臣たちの前に現れた美貌の黒衣装の娘、歌、踊り、男たちは、見事に貶められて、これこそが、臣たちの狙い、このむすめならば、王を篭絡できると、王様によって、体の上げ下げで弄ばれていた執事、娘と主人公の様子をさぐり、ぬいぐるみの被り物で、伺う、娘と主人公は、この化け物から逃れようと、車を走らせて、ボートに乗り、馬に跨り遁走、だが、走りの速い執事は、走る走る、二人が、逃れて、もう大丈夫と安心していると、その横に寛ぐ執事、先についていた、何とも、驚きの走り、二人は美しい風景の橋の上、お宝か、古い破れた布地、何やら曰くが、が、間違って、川に投げ落としてしまう、ところがなんと、娘が欄干から舞い飛ぶのだ、慌てる主人公、浮き輪から、なんでも、投げおろして、子供まで、だが、流石に投げられない、すると、娘はさっさとお宝を手にして、泳ぎ川岸に、走りといい、飛び込みといい、王の腕相撲、手を握りあってのレスリングといい、スポーツ万能の人々、名前は、娘の名を呼ぶと、皆がはいと、夫人も、娘も、老婆も、赤ん坊も、今度は、村の中、ここでも、見事に小川をを飛ぶ男の姿、男の名を呼ぶと皆がまた、集まってくる、資金難の国を助けるべく、オリンピックに参加することにしたのだ、こうして、万能選手たちを求めて、そして、あの破れたシャツ、何やら過去の曰く付き、こうしてロサンゼルスオリンピックに向かうのだ、競技に勝利すれば、金が手に入る、まさに、アメリカの資本主義の出番とも、恋のため、国を助けるため、相変わらずのスパイの蠢き、船の中の選手たち、そこには、臣たちも、彼らの企みの怪しい娘もまた、乗り込んでいる、王と臣たちの、壁を挟んでの覗きあい、ついには、紐で繋がって、壁を壊してしまって、娘と主人公のデイト、そこに、入り込む怪しい娘、歌とウクレレ、恋する娘の嫉妬、付きまとう怪しい娘、アメリカについて、列車の中、その横を走る、執事の男、走りの鍛錬に余念がない、こうして、到着の列車、だが、見当違いの駅、そんな列車の機関士は何と弟ではないか、やっとのことで、目的地に、選手たち、宴の席、そこにあの怪しい娘が現われて、皆が惚れこんで、選手たちの格闘、諍い、血みどろの、かくて開会式、他の国の連手段に引き換え、この国の選手たちは、怪しい娘にそそのかされて、怪我して、杖ついて、の、行進、これでは、勝利は望めない、何とか巻き返そうと、娘の活躍、怪しい娘に対抗して、水着姿で現れて、飛び込みに参加、見事優勝、このむすめに圧倒されての怪しい娘、選手たちの前、怪しい娘の、たくらみが暴かれて、かくて、選手たちの、覚悟、やる気、こうして、それぞれの種目で、大活躍、あの走りの執事も、スタートしないが、娘のスクーターの走りにそそのかされて、走り出し、優勝、かくて、王の参加する重量挙げ、王と臣の優勝争い、臣のためには怪しい娘が腰振りダンス、一方疲れ切った王には、怒らせれば力を発揮すると、娘は主人公に、王の足を踏ませるのだ、個の怒りで、見事に持ち上げ優勝、かくて、国の勝利、資金を獲得して、そこにアメリカのビジネスマンが現われて、王と握手、アメリカのビジネスの参加、手を握り、結局、アメリカビジネスマンの腕レスリングの勝利、転がる王、主人公の勝利、ビジネスマンの勝利、アメリカの勝利、恋の勝利、そして、娘たち、国の者たちの、運動能力の勝利、二十世紀の混沌は、まさに、この映画のごとく、帝国主義とは、こんな愚かしい空回りのこと、今日もまた、ロシアも、イスラエルも、イランも、アメリカも、ユーロも、同じ、愚かしい、帝国主義の傲慢なビジネスと空回りの中に、スポーツも、戦争も取り入れて、

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CⅩⅩⅩⅨ「ナイト・スリーパーズ ダム爆破計画」2014を見る聴く   『エイガニッキ』 SASHI-ハラダ  2024/10/18

2024-10-18 05:03:44 | 映画

CⅩⅩⅩⅨ「ナイト・スリーパーズ ダム爆破計画」2014を見る聴く   『エイガニッキ』 SASHI-ハラダ  2024/10/18

  ことをしでかそうと、ダムの調査、爆破計画、若い男と女、ダムの陸橋、山間、柵を越えて、車に、連れ出っていた娘の参加している、環境破壊に反対する人々の集会、娘は問い掛ける、さて、私たちは具体的に、何をするのだと、映画の監督でもある、運動家は、小さなことを、少しづづ、何か一気に全てを解決するような、行動、考え方を否定する、聞き入る娘、かくて集まった、始まりの二人と、リーダー格の男、3人のグループ、ダム爆破、全ての段取りは整ったか、リーダー格の男は、今一人の男に問い掛ける、娘は外すと、いや、大丈夫と男、かくて作戦計画、いよいよ、実行に、日時が決まって、が、なんと、爆薬が足りないと、今さらに、何所かで、計画通りに行うには、化学薬品を手にしなくては、3人の買いだし、薬品店、始めは拒まれるが、娘の仕事、身分証が必要と、車に戻って、リーダーは行って来いと、駄目でも買えないばかり、店に戻って、後から現れた親爺さんたちを見て、彼らには売るのかと、お得意さんだからか、娘の強引な言葉が聞いて、手に入る、必要薬品、かくて作られる爆弾、3人の製造作業、いよいよ計画の実行、若者は山間での有機栽培の組織に参加して、家族的な農業を営んでいる、仲間たち、活動から戻って、仲間たちとの語らい、遅い帰りに、不審の仲間も、そんな最中、リーダーが、許可なしの栽培を行っていることが、知られて、公になれば、この組織も終わり、驚きの若者、だが、まずは、己たちの計画の実行こそが、その成功裏には、果たして、かくて、夜闇の中爆破物を抱えて車を走らせて、目的のダムの水辺に、ボートを浮かべて、段取りを整え、配線、用意が出来て、車に戻るべく、ボートを漕ぐ、が、その予定の地に、パンクの車が止まってしまった、声が聞こえる、闇の中、タイヤの交換の作業の声が響いて、既に、爆破は仕掛けて、タイマーのセットも動き出した、どんどん、爆破の時間が迫る、引き返す三人、タイマーセットを止めようと、が、タイヤの交換を終えて、車が走り出す、かくて、急いで戻る三人、荷物を上げ、車を走らせる、時間が迫る、闇の中、車の中の三人、爆破の響き、成功だ、走る走る、逃げ出すばかり、警察の検問、無事に逃れて、三人は、二度と会うことは無いはずの別れ、テレビのニュース、この爆破に依って、ダムが決壊するはず、だが、テレビを見ながらの、農作業の小屋に戻っての若者の前での仲間の語り、あのくらいでは、何も変わらないと、数か所に渡っての、爆破を仕掛けなくてはと、驚きの若者、あの爆破では、何も、変わらない、しかも、それでいて、流れた水におぼれた人物が、行方不明、まさか、死んでしまったら、殺人ではないか、様子を伺うばかり、リーダー格の男から電話、二度と電話しない筈なのに、不明の男性の件で娘から電話が有ったと、動揺していて、何所かに話をしてしまいそう、何とかしろと、驚きの若者、それでも、心配で、娘のもとに、娘に会いに、怯える娘、こんなことは聞いていないと、人に害を与えるなどと、しかも、行方不明、死んだら、殺人ではないか、命の大切さのため、人類の傲慢な在り方に反発して来たのでは無かったか、誰にも会いたくないと、若者の組織の中では、彼への不審が、不安が、この農作業の仲間たちのリーダーの許可なし、無免許の農作物づくりが、判明もしていて、出ていく者たちも、だから、若者が、かくて、出ていく姿を見ても、いい時期とばかり、三人ばかりではないのだ、この農作業の組織も、危ないのだ、自然災害を訴える、組織、自然を訴える組織、その内部の危うさ、若者は、娘を追って、忍びこんで、何とか、彼女の、ことを、抑え込まなくては、部屋に忍びこんで、察したか、逃れる娘、隠れる娘、その目、不安、追いかける若者の目、これが、自然を、平和を、求めた、ものたちの、目、自然を訴える農業の若者たちの、のどかな、豊かさの、姿から、組織が、危うくなっての、若者たちの、目、姿、そして、飛び出した、若者と、追われる娘の目、そして、殺し、リーダー格の男に電話、二度と電話するなと、ともに逃げようとの誘いに、馬鹿らしい、相手にされずに、かくて行き場もない、田舎道の通りの、雑貨屋の中、宛もなく、逃れた、隠れた、何か逃げるための品を捜していたか、店員に話しかけられ、何か入用かと、いや、ここで働きたいのだと、店長が現われて、書面に記入をと、さてさて、どうする、どうする、国家も、企業も、役所も、酷い、だが、反対する、組織も、グループもまた、これといった、戦略も持てずに、映画は、たんたんと、しっかりと作られて、個々の存在が、姿が、表情が、痛ましさが、撮られて、良かれと思っての、戦いが、生活が、加害者でしかないことの、痛ましさ、その目的のための、姿が、始まりの映画を見て、一体どこに住めばよいのだと、監督に問う娘の顔、どうしても、何か、直ぐに、しでかしたい、具体的な、行動、だが、行動には、仲間が、故に、経済が、資金が、こうして、現実のビジネスに関与せざるを得ない、怪しい人々とも関わらざるを得ない、つまりは計画そのものもまた、駄目人類の一環でしかないのだ、その外を思考実行するとは、武器弾薬ではありえないのだ、武器弾薬の解体こそが外なのだから、こんな如何とも出来ない、不安な、絶望の、若者たちの、孤独な、哀れな姿が、表情が、撮られて、痛々しいです、どこにもまた、希望が無い、だから、あのチクリの映画だって、監督だって、大丈夫かい、撮影に当たって、何か、利用もし、利用されもしていないか、小さなことからと語る監督は、果たして、大丈夫、つまりは、この映画の監督もまた、大丈夫かい、この不安の中の人々を見つめる、不安な監督の視線たちの映画なのです、

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CⅩⅩⅩⅧ「たまあそび」1996を見る聴く、   『エイガニッキ』 SASHI-ハラダ  2024/9/8

2024-09-08 05:14:51 | 映画

CⅩⅩⅩⅧ「たまあそび」1996を見る聴く、   『エイガニッキ』 SASHI-ハラダ  2024/9/8

  街中、通りで屯す若者たち、バンドの仲間たち、演奏する仲間たち、光、影、色彩、蠢くカメラ、役者たち、演技する人々、これもまた、屯す仲間たちとも、撮影風景、カメラマン、衣装、キャスト、スタッフ、撮影隊という、屯す人々、だが、これらは、全てが、お芝居とも、ドキュメントとも、特に、映画の撮影隊の部分は、撮影風景なのか、セッティング、リハーサル、後片付け、ドラマかドキュメントか、判らない、ハッキリしない、故に、どこにドラマが、屯す若者たちの中に、ドラマが、その中に、中から、役者が、町の雑踏の中から、映画に招かれたとも、映画のテーマは、町であり、通りであり、雑踏で有り、屯す若者であり、その中に、恋が、野球青年たち、室内グラウンド、男と男、手前の男、奥に二人の男、この三人の関係は、カメラの前に佇む男、カメラの方を向いている、奥の二人は、じゃれあっている、バットを尻を突きだした男の尻に、寝た男の股間に、二人はグラウンドの外に、壁際の草原でのキス、抱擁、なめ合い、悶え、これは、ドラマの中か、ドキュメントか、入社の挨拶、上司が紹介、野球青年ですと、立ちあがり、挨拶する青年、拍手する新しい同僚たち、主役の青年が、だが、誰が主役とも、解らない、何時から、ホモセクシャルであるのかと、問われて、監督が問うているのか、カメラは監督自身だろうか、侵入者の青年と主人公、野球、恋、だが、主人公には彼女が、野球場での語らい、二遊間が下手だと、見つめる二人、なんで野球をやめたのかと問う主人公、やはり、恋ゆえ、人間関係、別れ、そして、今、また、この地で、野球と恋、だが、主人公の彼女との姿を見てしまう、追いかけてしまう、溜らない、嫉妬、悲しみ、町、通り、雑踏、車、人々、日常、私たち、生活、ドキュメント、ドラマ、重なり合って、町の中から、ドラマが、そしてまた、ドラマは、町の中に、消えて、映画もまた、屯す若者の中から、現れて、スタッフもまた、監督ともども、撮影が、そして、また、町の中に、消える、通りを歩く野球青年たち、四人が並んで、彼らは、実際の街の青年たち、キャスト達、スタッフたち、判らない、役者が演じた、四人の同僚野球青年の姿、恋が、嫉妬、語らい、球場で、試合が行われて、繰り返される野球の試合の映像たち、二人の語り、小屋の前の二人、何かを球を放るのだろうか、上のバルコニーの娘、受け止める娘、デイトするカップル、こうして、また、上司の挨拶、始まりの新入社員の退職、別れ、挨拶、拍手、二人は海に、浜辺を走る走る、一人佇む坊主の男、二人は、彼の横を通り過ぎて、海の中に、坊主の男とは、誰、走り去ったのは、主人公、恋人だった青年、果たして、全く、違った、恋人の二人かもしれない、佇む坊主の青年とは、あの野球場で、手前に佇んだ男、解らない、奥の抱き合う二人、カメラは、追いかけ、佇む男を捕え、奥の二人を捕え、そして、また、元の位置に、舞い戻って、三人を捕え、関係は、誰と誰、ドラマは、どこに、ドキュメントはどこに、全てはドラマ、たまあそびというドラマ、そしてまた、全てが、ドキュメント、通り、グラウンド、町、日本、音楽、音、言葉、繋がれて、フィルムたち、焼けたロールエンド、そこにまた、繋がっていく、フィルム、メカスを感じます、原を感じます、映画です、シーンごとの、空気です、時空なのですが、何が写っているのだ、在る時代の日本が、まさに、映し出されて、有ります、この日常の中の、わたし、私たち、監督も、カメラもまた、私も、私たちも、この時空の中に、同居しているのです、あそびの時空であり、痛ましい時空でも、悲しみの時空でも、快楽の時空でも、在るのです、この時空たちに招かれて、この時空とともに、外の通りに、雑踏に、歩きだす、わたし、わたしたち、 

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CⅩⅩⅩⅦ「ホテル・モンタレー」1972を見る聴く、  『エイガニッキ』 SASHI-ハラダ  2024/8/5

2024-08-05 05:57:34 | 映画

CⅩⅩⅩⅦ「ホテル・モンタレー」1972を見る聴く、  『エイガニッキ』 SASHI-ハラダ  2024/8/5

 

  始まりは、レセプションの様子、だが、鏡に映し出された世界、ロビーから覗かれる、枠の中に見える姿、こうして、受付から始まって、エレベーターの入り口に、二台並ぶ姿、開いて閉じて、客が乗り、下り、次にはカメラは、エレベーターの中から、上下するエレベーター、止まり、その階の廊下の様子、屯す人々、若くない人々、老人ホームのような、世界、始まりでも、老婆たちが、乗り込んでいった、ビジネスマン風の人、外国人、アジア人、エレベーターの中から見える、廊下の様子、覗き乗り込む人、見送る人、そして、部屋の中、誰もいない部屋、ベッド、灯り、シンプルだが、小奇麗に、いくつかの部屋の中、ベッドの位置が変わっている、ベッドの人、ソファの人、寝ている人、やはり、老人たち、音楽も、言葉もないのだから、静けさの中に、確かに、老夫婦の様子は見られなかった、未亡人たちか、男性でも、妻に先立たれたか、廊下、階段、ショット、だが、この固定ショットの中、陰影が撮られて、光と、影と、闇と、何所からか外光が入っていないか、ならば、時間の中、時の移ろいの中、光の動きは、必ず、あるのだ、切り取られた時空の中の動き、こんなショットたちの中、廊下の扉の蠢きが、しっかり閉じていなかったがゆえに、光の反射の動きも、ガラス張りの扉、扉の隙間から、奥の人物の姿、瞬間に閉じられて、人物は見えなくなって、だから、こうしたショットたちの中、必ず、何か、動きが有るのでは、光の、ライトの、エレベーターの押釦の、上下の表示の、階数表示の、なにも動きのない様に見えて、何か動きが、その後に続くショット、廊下を前移動、後退移動のショットが、まさに、カメラが動いている、これによって、時空もまた、光と影の動きが、そして、窓の外、階に依って、見える風景が変わる、人物が居なくても、光と影、風によって、扉が、動く、閉じる、揺らめく、ホテルは、こうした、動きの中に、消防の末端試験弁、ホース、干されている、消火に遣われたか、そして、窓の外、外のビル、壁、屋上、屋上の汚れ、柵、鳥対策の、突き出した鉄骨たち、パンして、ホテルの巡りを見つめる、下の通りには車の蠢き、静かなホテルなのだろうが、人の動きばかりか、多様な、時空間の揺らぎ、決して同じ場は、間は無い、屋上でビル群の高架水槽の列を捕え、パンアップ、曇り空の白の世界に、この白から、パンダウンすると、なんと、先ほどの、高架水槽の列とは違う、高架水槽が、白画面で、違う屋上の位置に角度にカメラは移って、パンダウンした、編集も、繋ぎも、舞い飛ぶ、ビルの位置によって、風景が、変わる、古いビル群だが、渋い落ち着いた壁たち、汚れてもいるのだが、時代を感じさせるビル群、ホテルも同様に、こんなビル群の中に、佇んでいるのだろう、人々と、ビルと、光と影の同居、動きの同居、こうした時空間を捕えることが映画なのだ、ここにあるショットたちは、行きかう人々の視線なのだ、部屋、壁、ベッド、廊下、窓、窓の外の景色、ビルたち、空、通り、町、水辺、出会い、すれ違い、歩き、部屋に戻り、座り、寝て、この陰影に何を見る、過去、未来、孤独、切望、希望、死、私、私たち、エレベーターに戻って、点滅する表示灯、開いて、閉じて、近代という、町の豊かさ、貧しさ、そして、悲しみ、これは、プルーストではないか、ホイルを介しての、主人公の監督の私の視点、視線、ロビーで、エレベーターホールで、見て、見られて、他の客たちとの関わり、廊下、光、影、歩いて、見つめて、時空、陰影、窓辺、外の風景、通り、車、この視線の中に、思考する、思い、過去、未来、今、現在、現実、音のない世界、己の内なる世界、と、現実との、関係、交わり、見つめる人々の視線、見つめる私の視線、だが、この私とは、エレベータの行き来、ランプの点滅、廊下、階段、蛍光灯の明かり、天窓からの光、部屋の中、ベッド、窓、椅子、ソファ、座っている、寝ている、閉まったドア、空いているドア、僅かに開いて、蠢いているドア、反映している、光、揺らめき、消火栓ホース、出口、誘導灯、屋上、外、他のビルの風景、空、カメラの動き、私の視線の動き、繋ぎ、町、路地、通り、水辺、近代、そして、またどこか、廃屋のような壁たち、冷却塔の冷却された白く舞う蒸気、白い煙の舞い、全ては、私の、監督の、幻、いや、これこそが、私なのだ、

 

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CⅩⅩⅩⅥ「闇と沈黙の国」1971を見る聴く、  『エイガニッキ』 SASHI-ハラダ  2024/7/1

2024-07-01 06:01:21 | 映画

CⅩⅩⅩⅥ「闇と沈黙の国」1971を見る聴く、  『エイガニッキ』 SASHI-ハラダ  2024/7/1

  盲目の人々、黒画面、過去の思い出、ジャンプ選手の舞い飛ぶ姿、彼の口は丸く開いている、呼吸、叫び、丸、繰り返し飛ぶ選手、これは誰の思い出のシーンなのだろうか、監督の、盲目の人の、過去の思い出か、施設の中、聾唖の人々、彼らの語らい、指を使い、公園のベンチに座っての三人、見えない目を見張り、丸く、丸く、目が輝き、叫んでいる、こうして、聾唖の人々の、姿、暮らし、施設の様子を捕える、新たに出会った人々との語らい、同じ聾唖の人々と、動物たちとの語らい、言葉を語れない者同士、撫でさすり、動物との語らい、彼らにとっては、人も、動物も、生き物として、同じなのではないか、確かに、話された言葉としての会話ではないが、動物との語らいの中の、二つの生き物としての会話、それもまた、二人の、いや、人と動物との語られはしないが、言葉のやり取り、聾唖の少年、目を閉じている、彼は会話がいまだできないか、いろいろに試されて、そして、ラジカセで音楽が流されたか、すると、何を感じたか、目を開け、何かを聞いている、聞こえないのに、いや、ラジカセの振動ではないか、こうして、関係が、始まる、会話の始まり、だが、果たして、この教育とは、会話の世界に、招き入れることは単純に幸せか、例え、それが、一つの権力ではあっても、覚えることによって、その権力を手にし、同時に、その権力の外へまでも抜け出る、自由への、始まり、権力の我解体、関係とは、権力を根気よく、日々壊し続けること、問い掛け続けること、そこから開かれる、不明ななにかこそ、自由ではないのか、最後の施設の中、一人の若くない、聾唖の男、取り巻きの人々から、離れて、彼もまた、目を閉じていた、今、立ちあがり、緑の草原の大きな樹木の下に、枝々の下に、そして、樹木の幹を擦る、映像の素晴らしさ、光、色彩、緑、黒、黒い木を擦り、何を感ずる、根気よく手を蠢かして、樹は答えてくれているのだろう、そして、彷徨うように、歩み、佇み、取り巻きの人々は、離れて、語らうばかり、己立ちで、そして歩き去る人、近づいてくる人、連れ戻るのだろう、教育とは、学会か、聾唖の人々の集まり、大会、演壇での語りの人、組織、そして、末端の、人々、彼らは目の丸と同時に、始まりのジャンプの人々同様に、口も丸く開かれて、だが、ラストの少年と男の人は、目を開いた、だが、口は、今だ、心の丸はどこに、未だ、これから、いや、どこにも、しかし、ここから、ここから、でも、ラストの男は樹を擦っていたではないか、何か大切な丸を見落としていないか、かくて、改めて見直して、改めてラストのシーンを見て、凄いのだ、しっかり丸が作られているのだ、一人歩きだした男が、樹の幹の許、両手を開き、頭の上の枝に振れる、その折に、両腕の作りだす丸、横に移動しながら、枝たちと戯れているのだから、両腕と枝との作りだす丸とも、更には、緑の上に積もった紅葉した葉に触れ、横に歩いて、今度は両手で紅葉した黄色い葉に触れて、ここでもまた、両手と葉の作りだす丸が、此のマルは、教育の中から、生まれたのだろうか、いや、確かにそれも有ろうが、やはり、己の思い、希望、叫びの中から、快楽の仕業では無かったか、映画が、映像が、望みが叫んでいる、樹を己を庭を時空を抱きとめている輪、丸なのだ、ジャンプの飛翔の丸、聾唖の男の抱擁の丸、丸、輪、回転運動、再生、復活、口、眼、大きく開いて、見開いて、闇と沈黙の中から、始まる、私、私たち、

 

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『パスト ライブス 再会』

2024-06-20 04:50:39 | 映画

『パスト ライブス 再会』

 

海外移住のため離れ離れになった幼なじみの2人が、24年の時を経てニューヨークで再会する7日間を描いた、アメリカ・韓国合作の大人のラブストーリー。

韓国・ソウルに暮らす12歳の少女ノラと少年ヘソンは、互いに恋心を抱いていたが、ノラの海外移住により離れ離れになってしまう。12年後、24歳になり、ニューヨークとソウルでそれぞれの人生を歩んでいた2人は、オンラインで再会を果たすが、互いを思い合っていながらも再びすれ違ってしまう。そして12年後の36歳、ノラは作家のアーサーと結婚していた。ヘソンはそのことを知りながらも、ノラに会うためにニューヨークを訪れ、2人はやっとめぐり合うのだが……。

これが長編映画監督デビュー作となるセリーヌ・ソンが、12歳のときに家族とともに海外へ移住した自身の体験をもとにオリジナル脚本を執筆し、メガホンをとった。ノラ役はNetflixのドラマシリーズ「ロシアン・ドール 謎のタイムループ」や声優として参加した「スパイダーマン スパイダーバース」などで知られるグレタ・リー。ヘソン役は「LETO レト」「めまい 窓越しの想い」のユ・テオ。2023年・第73回ベルリン国際映画祭のコンペティション部門出品。第96回アカデミー賞では作品賞、脚本賞にノミネートされた。

2023年製作/106分/G/アメリカ・韓国合作
原題:Past Lives
配給:ハピネットファントム・スタジオ
劇場公開日:2024年4月5日

 

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札幌国際芸術祭

 札幌市では、文化芸術が市民に親しまれ、心豊かな暮らしを支えるとともに、札幌の歴史・文化、自然環境、IT、デザインなど様々な資源をフルに活かした次代の新たな産業やライフスタイルを創出し、その魅力を世界へ強く発信していくために、「創造都市さっぽろ」の象徴的な事業として、2014年7月~9月に札幌国際芸術祭を開催いたします。 http://www.sapporo-internationalartfestival.jp/about-siaf