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毎日の暮らしの中で、心惹かれたことを語ります。

被災した子供たちに希望を与えた「伝説の少年ジャンプ」とは?

2016年03月15日 15時08分07秒 | 日常
 震災から何日目かに、ようやくここのコメント欄に、自分の安否を書けた日の事が思い出されました。ライフラインがすべて止まって、長男が市役所だったか中学校だったかで充電してきた携帯から、このブログを検索して貰って書きこんだのでした。その時は、自分は生きています、大丈夫です、という事を、なんとしても皆さんにお知らせしい気持ちが、私の内にとても強くあったんです。

いま考えると、余震がひっきりなしに続いて、明日どうなるかも何もわからない生活の中で、ブログを通して皆さんと繋がっている=被災地以外の、変わらぬ日常が続いている世界と自分は繋がっていると、安心したかったのかもしれません。

長男の一歳の誕生日祝いのケーキを買って以来、ずっと食べていたケーキ屋さんは、震災でお店ごと無くなりました。クリスマスイブに食べるチキンを毎年買っていたお店は、仕入れ先が戻らなくて、しばらくチキンが食べられませんでした(でも去年、ようやく元の規模に営業が戻りました)

いま食べている味に、二度と会えなくなるなんて思いもしませんよね?毎週読んでいたジャンプが読めなくなるなんて、思いもしませんよね?もっと酷い現実が、すぐ傍にいくらでもあった毎日の中で、たった一冊のジャンプが与えてくれた”大丈夫だと、世界はこれからも変わりなく続くのだと”という安堵感は、とても大きかったと思います。


★「togetterまとめ / 被災した子供たちに希望を与えた「伝説の少年ジャンプ」とは 」
( http://togetter.com/li/949654 )より引用

 あの震災の後、物流の止まった被災地に、ボランティアの青年がその翌週発売されたジャンプを持ち込んだところ、街中の子供が集まり列をなし、みんなで貪るように読んだという。ぼろぼろになったそのジャンプは「伝説のジャンプ」と呼ばれ、今も集英社で保管されているそうな。

 その話を聞いた、とある漫画編集者は、すごく後悔したらしい。あの後、電力不足や物流の異常、人での確保、そもそも紙がないという状況から、多くの漫画誌は休刊した。ジャンプも一週休む事態となった。「それでも出すべきでした」と悔しげに語っていた。

 たとえ、ペラッペラで、半分もページがなくても、翌週に、翌月に、読者のもとに何としてでも送り届けなきゃならなかった。そうすることで、初めてホッとする子どもたちもいっぱいいたはずだ。大丈夫だと、世界はこれからも変わりなく続くのだと、少しでもそれを伝えるべきだった。

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