西尾治子 のブログ Blog Haruko Nishio:ジョルジュ・サンド George Sand

日本G・サンド研究会・仏文学/女性文学/ジェンダー研究
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マリー・ダグー夫人のサロン

2014年04月04日 | サンド・ビオグラフィ


歴史の分野では『1848年の革命史』(1850-1853)が、第三共和政下で非常に高い評価を得て、ダグ-夫人の傑作とされている。1848年の二月革命を熱狂的に歓迎し、彼女のサロンはカルノHyppolyte Carnot, ジュール・シモン、トックヴィル Alphonse de Tocqueville 等の自由主義共和主義者が集う会合の場となった。新聞には保守陣営の反動に対し果敢に戦う共和派の擁護者として、様々な記事を書き送った。彼女が指示する思想は穏健派であり、サンシモン主義を否定、ルイ・ブランやプルードンを理性を欠いたアナーキストとして否認した。

女性として初めて大学受験資格を取得したジュリー・ヴィクトワール・ドビエ Julie-Victoire Daubié との友情を大切にし、彼女をジャーナリスト達に紹介している。

第二帝政下の1850年から1875年までサロンを開いていた。しかし、鬱病にかかり、しばらく入院を余儀なくされもした。この結果、財産管理もままならない状態となり、破産した末にこの世を去るという悲運を辿った。彼女はペール・ラ・シェーズに埋葬され、パリ15区には彼女の名前のつけられた通りが残されている。
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