漢方方剤を構成生薬から紐解くシリーズ。
第四回は「大棗」(たいそう)です。
従来の私の「大棗」のイメージは・・・
・食用のナツメそのもの。
・甘い。
・(甘い食物は一般に)気持ちを落ち着かせる。
・主役になることは少ない気がする。
といったところです。
食べ物ですから、強い薬効というより、方剤に忍び込ませてそれとなく気持ちも落ち着かせる隠し味的生薬という感じでしょうか。
以下の参考資料から私なりに探求してみました。
<参考資料>
1.浅岡俊之Dr.の漢方解説
2.『薬徴』(吉益東洞)、『薬徴続編』(村井大年あるいは村井琴山)
①『薬徴』大塚敬節先生による校注
「大棗」の項は斎藤隆先生の解説です。
③『薬徴続編』松下嘉一先生(他)による解説
3.「増補薬能」
編集人:南 利雄 出版元:壷中秘宝館
まずは浅岡先生の動画(茶色)とツムラ漢方スクエアの『薬徴』解説(黄土色)から、私がポイントと感じた箇所を抜き出してみました。
□ 大棗を発見した頃の昔人の素朴なイメージを想像すると・・・
・甘い
・木の実
・赤い
・飲むと安心する
・動悸がおさまる
・よく眠れる
→ 古代中国でこれを長い年月をかけて薬のレベルまで上げてきた。
□ 大棗についての基礎知識
・クロウメモドキ科ナツメの果実(果肉)
・砂漠地帯のシルクロードではお菓子やデザートとして日常的に食べられている(脱水対策を兼ねて)。
・本来は秋に成熟した果実を採り、さっと湯通ししてから天日乾燥したものを、小刀のようなものでつんざいて種子を去り、果実の肉だけを用いるのが本当だが、現在の市販品は、種子と果肉を一緒にしてカットしたものを使っている。したがって、酸棗仁(こちらはナツメの種子だけ使う)に近いようなものが少量混入していることになり、酸棗仁の神経強壮作用と呼ぶべき薬効も混ざっていることになる。
・大棗は「大」とわざわざついているように、大きく果肉の厚く種子が小さいものがクスリとして使われるべきであるが、中国産に比べて日本産は果肉が薄く甘味も弱い傾向がある。
□ 古典上の大棗の薬能
・『傷寒論』40方、『金匱要略』43方に使用
『神農本草経』「心腹の邪気を主る。中を安んじ脾を養い、・・・、少気、少津、身中の不足、大驚、四肢の重きを補し、百薬を和す」・・・いろんなことが書いてある。
・『薬徴』「孿引強急(引っ張り強くひきつれること)を主治するなり。かたわら咳嗽、奔豚(気の塊が上の方に突き上げること)、身疼、脇痛、腹中痛を治す」「大棗脾胃を養うの説は、古にあらざるなり。取らず。古人云う、病を攻むるには毒薬を以てし、精を養うには穀肉果菜を以てす。それ之を攻むると養うとは主るとこと同じからず。・・・食養に充つればすなわち養となるなり。しかして薬物に充つればすなわち攻となるなり。」
→ 大棗が脾胃を養う、すなわち消化器系を丈夫にする説は古代では云っていない、食養とするときはそのような働きがあるかもしれないが、薬に使用するときはそうではないのだ、と力説。
・『古方薬議』:生姜と一緒に用いるときは口に入りやすく、胃が薬を受け付けやすいようにするために入っている。古には肉を食べるときは、生姜も大棗も一緒に食べたが、桂枝湯や麻黄湯の大棗は、このような意味で配合されている。・・・食養に用いるときは養をなし、薬物として用いるときは攻をなすとしている吉益東洞の説に対して、食用に用いるものに、其の性質が偏っていることはないのであって、大棗が脾を養う、すなわち消化力をつけるという後世方の説もあながち否定するわけにはいかないのではないか、と東洞より柔軟な姿勢を見せている。
□ 現代的な成分分析
(北里研究所)大棗中には動植物の中の従来発見されているものの中では、cyclic GMP と cyclic AMP が一番多く含まれている。大棗を服用すると、血清中や白血球中の cyclic AMP が増加する。喘息では cyclic AMP が減少して気管支れん縮が起こるとされている。1969年の生薬学雑誌には、「大棗は其の成分の85%以上が糖であり、D-glucose および D-fluctose が主成分になっている。甘い中国産には saccharose が含まれており、日本産にはそれがない。D-arabinose, D-galactonic acid を構成糖とする多糖体が含まれる。」とあり、これらの主成分は、食用あるいは後世方で脾胃を養うとされているという文と関連があり、微量西部であるところの cyclic AMP などが吉益東洞が薬用であるとした部分と関連がある。
□ 大棗の仲間の甘い生薬たち
・ほかに甘味の生薬は・・・
甘草、小麦(しょうばく)、膠飴、酸棗仁・・・
・共通の薬能:滋潤(体が乾いて起こったトラブルに使う)、
安神(精神を安定させる作用)
□ 大棗を含む方剤より薬能を抽出(『薬徴』)
苓桂甘棗湯:奔豚をなさんと欲す
甘麦大棗湯:臓躁(ヒステリー発作)、しばしば悲傷(たびたび悲しみいたむ)
小柴胡湯:頸項強ばる、脇痛
小建中湯:急痛
大青竜湯:身疼痛、汗出でずして煩躁
黄連湯:腹中痛む
葛根湯:項背強ばる
桂枝加黄耆湯:身疼重、煩躁
呉茱萸湯:煩躁
十棗湯:引痛(引きつれ痛む)
・・・以上より大棗の薬能は「孿引強急」となる。
□ 大棗、甘草、芍薬の使い分け(東洞と宗伯の意見)
・張仲景の大棗、甘草、芍薬の証候は大同小異なので東洞先生は「自分で考えろ」と突き放している。この3つの生薬は引きつれ痛むのを治する点では共通ではあるがそれぞれ特徴があるため、それらをよく理解して、組み合わせをよく考えて日常診療に使ってゆかなければならない。
(甘草)急迫症状を治し、痛み、煩躁、動悸、咳、のぼせ、驚き、ヒステリー発作、下痢、手足の冷えなどの症状の激しいときに使用される。
(大棗)「孿引強急を主治するなり」と甘草より守備範囲がやや狭く限定されている。
(芍薬)『薬徴』では「結実拘攣を主治する」と大棗や甘草とはやや趣を異にする。東洞は血との関係を全く無視している。一方、浅田宗伯は「血を和して甘草、生姜、大棗が之を助ける」というふうに血の渋滞を巡らすという働きに及ぼしている。
【四逆散】浅田宗伯が四逆、咳、下痢を治するこの方剤に甘草が入っていて大棗がないと指摘しているが、これらの急迫症状を緩和するために甘草が入っているのであり、大棗には其の働きがないか弱いことを示している。
【大柴胡湯】「心下急、うつうつ微煩を治す」とあり、うつうつとしてかすかに胸中からみぞおちに欠けて気持ち悪いので、急迫とは言えない、したがって甘草と云うより心臓や肺の煩悶を除く大棗の出番である。
<各方剤中の大棗の役割>
□ 【生姜甘草湯】生姜、人参、甘草、大棗
「肺痿咳唾、涎沫止まず、咽燥きて渇する」
(咳や痰が出てくる、つばも出てくる・・・)
□ 【桂枝茯苓大棗甘草湯】桂枝、茯苓、大棗、甘草
「発汗の後、其の人臍下悸する者は奔豚を作さんと欲す」
□ 【炙甘草湯】地黄、炙甘草、麦門冬、大棗、麻子仁、阿膠、人参、生姜、桂枝
「傷寒脈結代、心動悸」
・・・感染症にかかって大量に汗をかいた後に動悸がする状態。抗不整脈薬と間違って認識されがちであるが、本来は脱水で動悸がするときの薬。
□ 【甘麦大棗湯】甘草、小麦、大棗
「臓躁、喜悲傷して哭せんと欲し、象(かたち)神霊の作するところ」
・・・ヒステリックになって、ものの形もはっきり見えない状態
※ 喜は「しばしば」という意味で、読みも「しばしば」。
・「喜悲傷」の証は、「毒の逼迫」であるから大棗を用いる。
□ 【呉茱萸湯】呉茱萸、人参、生姜、大棗
「嘔して胸満する者」
・・・ただの頭痛ではなく、激しい気逆の結果として頭が痛いときに使う気剤である。精神的に不安定になったり、何かキッカケがあって誘発される頭痛に使う。
□ 【芍薬甘草湯】甘草、芍薬
適応:傷寒、脈浮、自汗出で小便数、心煩、微悪寒、脚痙急す
・甘草は滋潤を目的として入っている。
・脱水で足がつるのは透析患者が典型的。
□ 甘い生薬の仲間:小麦(しょうばく)
・イネ科コムギの種子
・古方薬議:「煩熱を除き、燥渴、咽乾と止め、小便を利し、肝気を養う」→ 滋潤
□ 甘い生薬の仲間:酸棗仁(さんそうにん)
・クロウメモドキ科サネブトナツメの種子
・神農本草経「心腹の寒熱、邪結して気聚(あつ)まり、四肢酸疼、湿痺を主る」
□ 【酸棗仁湯】酸棗仁、茯苓、知母、川芎、甘草
「虚労虚煩、眠るを得ず」
・単純な眠剤ではなく、不安で眠れないときに使う(安神:安心感を与える)。イライラして眠れないときには向かない。
・漢方を処方すると、ときに「眠くなる」と訴える患者さんがいるが、副作用ではなく安神が副効果として効いているので様子観察可。不眠が解消されると「眠くなる」という訴えは自然消滅する。
□ 【帰脾湯】
人参、茯苓、蒼朮、甘草、生姜、当帰、黄耆、 ・・・脾虚対策
大棗、酸棗仁、遠志、木香、竜眼肉 ・・・気虚対策
「健忘征伸、驚悸して寝ず、心脾傷痛嗜臥少食」
・脾虚→ 気虚を回復させる。
→ お腹(消化吸収)と精神的に不安定になっているときに使う(安神)。
□ 甘い生薬の仲間:膠飴(こうい)
・イネ科イネ、コムギまたはオオムギの種皮を除いた種子を麦芽汁で糖化し濃縮したもの
・古方薬議:「虚乏を補い、気力を益す」
□ 【小建中湯】桂枝、芍薬、生姜、大棗、甘草、膠飴
・下線部は桂枝加芍薬湯(腹痛、しぶり腹の薬)
・膠飴は安神効果を目的に入っているので子どもによく使われる。
□ 大棗を用いた常套的組み合わせ
「生姜+大棗+甘草」→ 胃薬
(使用の実際)
① 胃が不調なとき
② 胃を悪くする薬剤を用いる場合に併用
□ 【越婢加朮湯】麻黄、石膏、蒼朮、生姜・大棗・甘草
・この場合は麻黄と石膏に対する②として
□ 【小柴胡湯】柴胡、黄芩、人参、半夏、生姜・大棗・甘草
・この場合は①として
□ 【防已黄耆湯】防巳黄耆湯(20)、黄耆、蒼朮、生姜・大棗・甘草
・この場合は①として(胃腸が強い人の薬ではありません)
□ 【葛根湯】桂枝、麻黄、芍薬、生姜、大棗、甘草、葛根湯
・この場合は麻黄に対する②と、風邪を引いて胃にくるときの①の両方を目的として。
次は近世以降の生薬を扱った解説の一覧『増補薬能』から。
<大 棗>
『薬徴』攣引強急を主治するなり。傍ら咳嗽、奔豚、煩躁、身疼脇痛、腹中痛を治す。
『薬性提要』甘。温。脾胃を滋し、心肺を潤し、百薬を和す。
『古方薬品考』其の味甜く温、滋潤。故に専ら脾胃を保養し、駿薬を調和す。
『重校薬徴』攣引強急を主治する。故に能く胸脇引痛、咳逆上気、裏急腹痛を治す。兼ねて奔豚、煩躁、身疼、頚項強、涎沫を治す。
『古方薬議』味甘平。中を安じ、脾を養い、胃気を平にし、百薬を和し、心下懸痛を療じ、嗽を止める。
『漢方養生談』牽引急迫を主治し、胸脇の引痛、咳逆、上気、ヒステリーの発作、腹痛、煩躁を治す。薬性を和し、薬力を身体に分布させる。
一通り目を通してみると・・・
生薬の古典でありバイブルである『神農本草経』には様々な薬能が記されており、全体的にイメージしにくい生薬です。
そこに、浅岡先生の「滋潤」と「安神」に絞った解説は理解しやすく、この二つの薬効を元にいろいろな方剤を見ていく学習法が自分には合いそうです。
吉益東洞の「孿引強急」は孤立した考えのように捉えられていますが、脱水状態で精神的に不安定になった状態、つまり滋潤+安神が必要な病態とみることもできそうです。
東洞と浅岡Dr.の分析方法として、多数の方剤の比較研究から生薬の薬能を抽出する帰納法という点では共通していますが、東洞は症候中心に、浅岡Dr.は病態まで掘り下げている印象がありますね。
それから、北里研究所の成分分析の解説も興味深く読みました。
私の医学博士の論文は cyclic AMP と関係した薬物の研究だったので、喘息発作と cyclic AMP の話題が官報の解説で出てくるとは・・・意外な驚きでした。
さて最後に、私の当初のイメージを振り返ってみましょう。
・食用のナツメそのもの。
・甘い。
・(甘い食物は一般に)気持ちを落ち着かせる。
・主役になることは少ない気がする。
最初の二つはその通り、
三番目の薬能も合っていますね。
ただし、「滋潤」という視点が皆無だったのが残念。
一つ勉強になりました。