日々の疑問を語る。離れの館

ヤフーに同名の題名があったが無くなってしまった。はなれ版のつもりだったが。。 ツウィッターは「反哺の孝あり」で参加中。

死と反省と

2013-12-11 00:49:11 | 日記
今なら本当に親戚の子が好きだった歌、ミスターチルドレンがどうして好きだったのか分かる。


きっと、その後たくさん努力してたんだろうな~。


あぁ~。本当に父親が俺を巻き込み、そして、母は私の気持ちに無関心だ。


母はいつまでも自分の息子は小さい子供の様に見るというが・・。確かに娘の孫を見て私の名前で呼んでしまうことはあるようだ・・。きっとこういう瞬間を目撃することも幸せの一つなのだろう。それは生きているからそういう姿が見られるのだから。


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感覚反応

2013-12-08 23:18:16 | 日記
 人の心の様相が自分なりに強い心の感覚反応となり、鋭敏に感じることで疑問に思ってしまうのかも知れない。


故に、心の平安をくれた祖母や興味深い感覚をくれ亡くなった親戚の女の子が強烈に遺るのだろうか?



 亡くなった親戚の女の子の妹に関しては何時も妙な、隠匿感覚が付き纏う。取り留めの無いような。話したくないならそう言えばよろしいのに。




コレはどこかで感じたことがあったが、それはその子の母親であったということが今なら理解できる。



この感覚ある昔の友人の感覚とも似ている。結果は大変隠し事の多い人で、嘘も多く肝心な事でも話さず、説明もしない。仕舞いには一方的に閉ざすと言ったような事があった。


 そういう場合のその子はよく相手の事を考えて話してくれた。こういう場合はどんな映像を見せてくれたのだろうか・・。


私は所謂ファーストカレッジと謂うヤツで身近に聞く機会もない。だから、大学なんてよく知らないし、知っているところにしか知らない。当時知っているのは東大と京大と東北大と千葉大に中央大学位か。


知っているといっても有名であるんだ、最高学府なんだという程度。後は名前を聴いたことあるという程度。だから、何を勉強したんだということにしか興味が無い。



だから、そういうことを聞かない事が甚だ疑問に思ってしまう。聞かないことを話さない内には、何も応える気にならない。



きっと、そういうことで評価する価値観なんだろうな…。こういう事って、口で言っても、実体が伴ってないというのか、別の線を走っているって謂うヤツで、審美ってヤツから離れた処にあるんだろうと思う。


 
彼女であったらそんなことは無かったんだろうか・・
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発見的感覚を感じた

2013-12-06 23:09:41 | 日記
何処かで、自分の中に答えがあるという言葉を目にしたことがある。


今朝起きて、急に思って、感じた。こいう感覚はあまり無い。前日にチョコレートを食べた所為だろうか。


昔、英語をどう勉強したら良いか全く判らないとき、亡くなった親戚の子に聞いた事があった。


彼女の事だ本質をミる眼が有ったのは間違いが無い。だが英語に付いては記憶では言って居なかったと思うが、夢で言っていた。潜在意識からの語りかけであったのだろう。


だから、目覚めて急に思ったのだ。覚える時の或るあの有る感覚である。だから、あの感覚が鋭敏な時期に好きだった、機動戦艦ナデシコを観たくなってしまった面はある。


そして、和英の良問を行うのだ。有るあの感覚に向かって、布が油や灯油を吸うように。


彼が楽器を習慣化の感覚に近いモノがあるとは言っていたが、そこから糸を手繰り寄せる様に感じるところはある。
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私にとっての伯父さん その2

2013-12-03 01:28:43 | 日記
 私にとっての伯父さんは北斗の拳でのトキ、そして感覚的に近いのが夏目漱石の「こころ」に出てくる先生とでもいうのだろうと思う。この「こころ」と言うキーワードは彼女の墓に刻まれていて、何となく気になっていたことだった。
 

こころの中の先生と私は惹かれる処が合ったという件。先生も無碍に断らな方というところの心境がとても似ている。そして、私の父に対する思いも。思う内容は違っていても、とてもよく似ている。こころの解説の分析では私は父と離れ父を第3者的視点から見られるように成ったという証らしい。


コレは一種の成長の証だということだ。


そうかもしれない。


では実際の私が先生から何を学んだか。手紙の部分は伯父さんの人生であったのだろう。


それでも知らないことが多い。昔世界一周をしようとしたこと。半周であったらしいが、六十年代にっていうのは凄いと思う。今で謂うバックパッカーってヤツの一つだろう。


私の学んだことは老子が一番近いと思う。実際の老子であったということだろう。


水の様に。確かにという感じである。感覚的にも。


此れを思うと、福島原発事故をも思い出してしまうのだけれどね。
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