日々の疑問を語る。離れの館

ヤフーに同名の題名があったが無くなってしまった。はなれ版のつもりだったが。。 ツウィッターは「反哺の孝あり」で参加中。

図形と平常心の論理性   追記修正 20200222

2020-01-29 15:51:43 | 日記
 図形と平常心という所でも書いた内容について、図形の影響が頭に直接作用するが、此れは原因は脳の機能の説明でその様な部分があることは生理心理学がでもやる事だろうが、それが心理的に作用することに付いて記述があるのかな。この事に付いて、知覚と生理心理学が中途半端に為っていたので解決するべきだったが台風の影響と実験演習と文章演習でこれ程に影響を及ぼすとは予想外だった。

記号論理学も予想通りに解り難くて、苦戦しているが、情報学大学院教授も解り難くいと言っていたからこれもまたさもありなんという事に為るか。それでも、意味の所が解る様に為ってきたから光明が見えてきたと言えるが、この光明が見えて来た事で、アレっと思う様に成って来た。

記号論理学での論理展開が、三次元図形と一致したと思えた。けれども、実際に内容解説に入った教授は何故か二次元思考を指向する様で、それの方が解り易いとあり、確かに初めにその様に表現されていると解説には有り、後から自分で開発したとは語っていたが、従前内容と比較しなければそれは解らないと思うのだが。

この事が解るのは数学史でもそう言う事は書いてあるし、この方は数学史をやっていないのかな・・?

三次元図形と一致したと思えたのも数学史を学習したお陰で、矢張り頭を整理するには必要だったんだなと思い知る。そこで同時に数学教科書にニュートンだけ載っていて、ライプニッツの事が掲載されていないのはおかしいと思うに至る。まあ、教科書に関しては私の時代だけなのかもしれないけどな(微笑)

ニュートン思考の方を採用したモノは停滞を生みライプニッツ流記号法が発展を観るんだから、論理的包含関係を持っていると思えなくもない。そしてその後にブール論理演算からのチューリング仮想論理機械だもんな。

区分求積分がまさかの<追記>(集合)論理性を含んでいるんだから興味深い。






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記号論理学と感覚   校正20200203 追記20200525

2020-01-25 23:48:50 | 日記
 記号論理学で出て来る事と近いことが学んでいなくても、人と話していると形として頭の中によく出て来る。そんな状態が不思議で、此れは何なんだと幼い頃から疑問だった。

そういう時に他者からは人の話をよく聞いているという風に言われたり、伯母さんからは良く内容を理解しているという様に言われたりしていた。けれども、私としてはその表面的な内容よりも、この出て来るものは何なんだと言う変化が面白くて、疑問よりも先に感覚を楽しんでいた。

そんな時にフッと他者はこんな風に見えないんだろうかと思う様になったんだよな。そうしたら、身近な人は誰も居なくて、父も見えず私の頭がおかしいのじゃないかと思い出していた頃。

そんな時に本家で集まりがあり、同じ質問をして回って居たら、一人目は「家長(かちょう)に聞いてと言われ(心の中で思ったことは言葉を知らないのでカチョウ?会社の様な役職で本家は呼ぶのか?その割にはほかの役職がない様なっと可笑しい事を思いながら(笑))」二人目は「そう言う事は家督主(カトクヌシ)に聞いてみるといいよ」と言われ「なんだその主って」と思いながらも案内されて話したら、数人居たんだよな。親戚中で知っているだけで4人と聞き、二人は10年前20年前に亡くなり、残り一人は今日は来ていないって言われたんだよな。

あとの残りは?と訊いたら、私だという(笑)それで色々状態を話したんだよな・・。

そんな、不思議な感覚での疑問に思っていた事が記号論理学で似たようなものが出て来るんだから、そら驚くよな・・。




漸く少し纏められたか。
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数学の四方山話・・・か

2020-01-17 00:30:32 | 日記
しかし、これ程までに統計学が面白く感じるようになるとは思わなかったな。

いつ以来だろうか。高校時代の数ヶ月だけ精神と意識がはっきりしていた時期があったが、あの時以来かもしれない。

組み合わせや順列や確率などが滅茶苦茶お面白いって感じた事があって、その時に何故か目の前の頭の中に空間が見えたんだよな。

それが空間の星であったり、複数空間であったりして、その時も訳が解らなくなって、友人に話ししたんだけど(笑)、何を言っているのか解らないって顔をされて(笑)今思い出しただけでも笑ってしまうな。笑

結局ないなぁ的な話をされるでもなく、少しはあるかも的な事を言われたんだよな。まあ、理系と言われるクラスだったからそういう友人がいるのが幸だったのか。

女性でもそんなモノが見えたりする人がいるんだろうか・・・・。

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江戸と弱点と西郷隆盛   追記20200107

2020-01-14 23:26:14 | 日記
 なるほどなぁ。確率分布モデルと統計モデルに大別できるのね・・。そういう大枠の括りから話してくれる方よく理解できるよな。以前に買った本は解りやすいようで良く分からない統計の本だったからな。その本とは「初めての統計学 鳥居泰彦著」という本。この冒頭でも述べられている通り統計学の専門家でもなく、必要に迫られて統計学クラス担当とあり、この買った当時の統計学の他の本由りはましだったが、今考えると因り方向感覚を迷わせ、森を深める。

そこで、この方の経歴を改めて見直してみると、あぁゝやっぱりかという結論に行きついてしまった。慶応義塾大学の経済学部に所属だったか....と。

同じ傾向だったんだよな・・・と。私と同じところに填まり込んでいたという感じのもので、此れは日本の数学史からも解る弱点ウィークポイント弱みで、チャーチルにも突かれた所だったんだよなと改めて思って、此れは江戸時代のよく知っている武士と市井の町方のそれの違いなんだよ。

と思ってしまうが、その事と同時に、「追記」結果的にアイツの罪に為るんだよな。

西郷隆盛を英雄視する者もいるようだが、彼は根本的な選択を間違ったんだよな。幕府側を追い詰めて滅ぼすべきでは無かったし、そうさせたのは大久保利通だという見方もある様だが、彼の無学さが日本の選択を誤らせたと言えるのは由り罪が重い。

その無学さが大久保利通を相対化出来ず信奉してしまった所以であるのだし。
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認識縮尺率と確率

2020-01-12 00:41:54 | 日記
 段々と確率が楽しくなってきた。確率の定理が組み合わせと、全体と、全体が起きない、という事の成り立ちか。

これを図で表せた時の喜びが何だか懐かしい感じを憶えている。解った時の理解のお絵描きだ。

確率は群としての認識縮尺率の調整なんだな。高校時代はこういう理解が全く浮かばなかったからな。

ただ単に字面を追っているって感じで、こういうモノなんだと完全に誤解していたからな。祖父の行けた高校だったら違ったんだろうか。。。私も行きたかったんだよな・・。

数学のレベルが低くて本当に退屈だったのを覚えている。英語の成績が悪くてそこしか選択できなかったが、当時は人生を投げ遣りになっていたものな。。

それでも最低限の高校は選びたかったが、この事が選択がおかしいという女性がいて議論になったんだよな。その女性は住み込み看護師を選択されたらしいが、女性だからじゃないかと思ったが私はその時は言わなかったが言うべきだったのかな。。

本来は今更ながらのものだがこういう過程を喜びを楽しむしかない。人生で数少ない出来事の喜びで、かつ楽しめる事は本当に少ないからな。

私の場合は人が沢山いると楽しめないし、神経ばかり遣ってしまうからな。



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