その早春の休日、私は「信州」に行こう!と思った…らしい。
中央本線に乗って、各駅停車で、車窓に流れる景色を眺めながら、ボ~ッとして。できれば、桃の花が咲いていればそれも見たい。もし、行ければ、千曲川の流れも見てみたい、ような気がした。
とにかく、東京から離れたいのだった。私のイメージのなかの「信州」は、夢のように優しい。高校生の頃、島崎藤村の小説を読んで、ずっと憧れていた土地だった。
始発駅で、やってきた電車に乗り込む。そんなに混んではいない。全員が席に座れて、まだ余裕があるくらいの、ゆったりとした黄金の時空間である。
同席になったのは、大学生風の背の高い男性と、サラリーマン風の30才くらいの男性だった。私は、当然窓際に席を取り、小さな荷物を網棚に載せようとして、居合わせた大学生風の男性が、黙ってひょいと手を貸してくれたのが、なんとなく嬉しかったりして。
母親らしき女性が、彼を見送りに来ていたようだ。さぁて、無事に窓際の席も確保したし、出発までには少し間があったので、私はホームに出て、ウキウキしながら飲み物やお弁当などを買い込み、いそいそと車内に戻るところだった。
さっき見かけた、大学生の母親風の女性と、昇降口のドア付近ですれ違った。
目礼して過ぎようとしたとき、思いがけず呼び止められた。不審気な顔をする私に、「ごめんなさい。アナタの向かい側の席にいるのが、私の息子です。あの、背の高いひょろっとして眼鏡をかけている方です。息子は、いろいろと哀しい事があって、今ナーバスになっています。何か様子がおかしくないか、申し訳ないのですが、見ておいていただけないでしょうか?お願いします!」と、素早く囁くように言って、私の手に、メモの紙を渡した。
見ず知らずの人間にでも、すがらなければいけないほどの、何らかの事情があるのだろう。50才前後の、キレイなお母さんである。その瞳の中に、強い哀願の色を見て、私は「承知しました。気をつけて、さり気なく見ておきましょう。お母さん、大丈夫ですよ」と、大人のフリをした。そんな私は、19才だった。
少し通路を歩いて振り返ると、ホームに降りた母親は、私に向かって、窓越しに何度も頭を下げた。先ほど手渡されたメモには、名前と電話番号が走り書きされていた。わずか、1、2分間の出来事である。
息子はと見れば、窓の外の母親に対してそっけない態度で、母親が何か言おうとするのを遮って、「はいはい、もういいですから、どうぞ帰ってください」的な、様子だった。私は、心配性なお母さんなのだなぁ、という印象を持った。
さて、電車も走り出し、ホッとくつろいだ気分の中、向かいの窓側に座っているサラリーマン風の男性が、軽めの人なのか?話好きらしく、私にではなく、隣の”問題の大学生”にいろいろと話しかけている。
大学生は、特に落ち込んでいる様子でもなく、静かに落ち着いて控えめに、サラリーマン氏に受け答えしてた。
大学は、何処に行っているの?と聞かれて、彼は本当に小さな声で、東大です、と言った。は?東大?確か今、東大って言ったような…、と、私はその人たちに初めて目を向けた。
サラリーマン氏は一瞬私の目を見てから、動揺を隠すようにトーンダウンした、これも小さな声で、そ~ぉ、東大ねぇ、ふ~ん、なんて。今まで、年下と見下していた彼を、俄かに見直すような顔つきになっていた。私は、それが少し可笑しくて、心の中でクスリと笑った、気がする。
サラリーマン氏は、わりとすぐに、電車を降りて行ってしまった。私はしばらく、本を読んだりしていて、大学生も、リュックから静かに文庫本を出し、読んでいたようだった。
それにしても、と私は思った。東大生というものを、私ははじめて見たのだ。東大生とは、どんな事を考えている生き物なのだろうか。どんな風に、知的で論理的な議論をするのだろうか。改めて、ムクムクと興味が湧いてきていた。
それで少し話かけてみると、素直で純朴で、育ちの良さがうかがえる、好青年だった。八ヶ岳方面の道を、気分転換に、気の向くまま、足の向くまま、少し歩いてくるのだ、ということだった。日帰りではなく、1泊か2泊、しようと思っている、と。
彼は、見たところ軽装なので、雪のある方は危ないですから、あまり奥には行かない方が良いですよ。十分に気をつけてくださいね。などと、2、3才年上の男性に、注意したりしている、年下の私。これは、出発間際の、彼の母親から頼まれたことでもある。
いかに、傷心旅行とはいえ、まさか自殺などはしないだろうな、この様子では、と思っていた。
自分の仕事の話などをしていて、新作映画の、小さな囲み紹介記事を書いているのだ、と告げた。ペンネームが、外国の魔女の名前を、日本名のように変えて、それらしいオモシロイ当て字にしている。と言うと、急に彼も話に乗ってきた。
実は僕も、ペンネームを持っていて、それが外国の魔王の名前で、本名とリンクさせたように、当て字にしているのですよ、と言った。お互いに、子どもっぽい、幼稚な遊び心が、共通していたのである。
それでかどうなのか、すっかり打ち解けて会話が弾み、友だち口調になり、東京へ帰ったら手紙を出し合おう、という訳で、住所を交換した。
彼が、乗り換えの駅で降りた時、私たちは車内とホームで、それぞれ笑顔で小さく手を振って別れた。私は一応、階段方向に向かって歩く彼の足どりや、顔つきや、雰囲気を観察していた。危ない様子がないかどうか、を。
こちらは日帰りプチ旅行だから、今夜か、明日の朝にでも、せっぱ詰まって私にメモを渡したお母さんに、とりあえず、安心させる電話をしてあげようと考えていた。(つづく)
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中央本線に乗って、各駅停車で、車窓に流れる景色を眺めながら、ボ~ッとして。できれば、桃の花が咲いていればそれも見たい。もし、行ければ、千曲川の流れも見てみたい、ような気がした。
とにかく、東京から離れたいのだった。私のイメージのなかの「信州」は、夢のように優しい。高校生の頃、島崎藤村の小説を読んで、ずっと憧れていた土地だった。
始発駅で、やってきた電車に乗り込む。そんなに混んではいない。全員が席に座れて、まだ余裕があるくらいの、ゆったりとした黄金の時空間である。
同席になったのは、大学生風の背の高い男性と、サラリーマン風の30才くらいの男性だった。私は、当然窓際に席を取り、小さな荷物を網棚に載せようとして、居合わせた大学生風の男性が、黙ってひょいと手を貸してくれたのが、なんとなく嬉しかったりして。
母親らしき女性が、彼を見送りに来ていたようだ。さぁて、無事に窓際の席も確保したし、出発までには少し間があったので、私はホームに出て、ウキウキしながら飲み物やお弁当などを買い込み、いそいそと車内に戻るところだった。
さっき見かけた、大学生の母親風の女性と、昇降口のドア付近ですれ違った。
目礼して過ぎようとしたとき、思いがけず呼び止められた。不審気な顔をする私に、「ごめんなさい。アナタの向かい側の席にいるのが、私の息子です。あの、背の高いひょろっとして眼鏡をかけている方です。息子は、いろいろと哀しい事があって、今ナーバスになっています。何か様子がおかしくないか、申し訳ないのですが、見ておいていただけないでしょうか?お願いします!」と、素早く囁くように言って、私の手に、メモの紙を渡した。
見ず知らずの人間にでも、すがらなければいけないほどの、何らかの事情があるのだろう。50才前後の、キレイなお母さんである。その瞳の中に、強い哀願の色を見て、私は「承知しました。気をつけて、さり気なく見ておきましょう。お母さん、大丈夫ですよ」と、大人のフリをした。そんな私は、19才だった。
少し通路を歩いて振り返ると、ホームに降りた母親は、私に向かって、窓越しに何度も頭を下げた。先ほど手渡されたメモには、名前と電話番号が走り書きされていた。わずか、1、2分間の出来事である。
息子はと見れば、窓の外の母親に対してそっけない態度で、母親が何か言おうとするのを遮って、「はいはい、もういいですから、どうぞ帰ってください」的な、様子だった。私は、心配性なお母さんなのだなぁ、という印象を持った。
さて、電車も走り出し、ホッとくつろいだ気分の中、向かいの窓側に座っているサラリーマン風の男性が、軽めの人なのか?話好きらしく、私にではなく、隣の”問題の大学生”にいろいろと話しかけている。
大学生は、特に落ち込んでいる様子でもなく、静かに落ち着いて控えめに、サラリーマン氏に受け答えしてた。
大学は、何処に行っているの?と聞かれて、彼は本当に小さな声で、東大です、と言った。は?東大?確か今、東大って言ったような…、と、私はその人たちに初めて目を向けた。
サラリーマン氏は一瞬私の目を見てから、動揺を隠すようにトーンダウンした、これも小さな声で、そ~ぉ、東大ねぇ、ふ~ん、なんて。今まで、年下と見下していた彼を、俄かに見直すような顔つきになっていた。私は、それが少し可笑しくて、心の中でクスリと笑った、気がする。
サラリーマン氏は、わりとすぐに、電車を降りて行ってしまった。私はしばらく、本を読んだりしていて、大学生も、リュックから静かに文庫本を出し、読んでいたようだった。
それにしても、と私は思った。東大生というものを、私ははじめて見たのだ。東大生とは、どんな事を考えている生き物なのだろうか。どんな風に、知的で論理的な議論をするのだろうか。改めて、ムクムクと興味が湧いてきていた。
それで少し話かけてみると、素直で純朴で、育ちの良さがうかがえる、好青年だった。八ヶ岳方面の道を、気分転換に、気の向くまま、足の向くまま、少し歩いてくるのだ、ということだった。日帰りではなく、1泊か2泊、しようと思っている、と。
彼は、見たところ軽装なので、雪のある方は危ないですから、あまり奥には行かない方が良いですよ。十分に気をつけてくださいね。などと、2、3才年上の男性に、注意したりしている、年下の私。これは、出発間際の、彼の母親から頼まれたことでもある。
いかに、傷心旅行とはいえ、まさか自殺などはしないだろうな、この様子では、と思っていた。
自分の仕事の話などをしていて、新作映画の、小さな囲み紹介記事を書いているのだ、と告げた。ペンネームが、外国の魔女の名前を、日本名のように変えて、それらしいオモシロイ当て字にしている。と言うと、急に彼も話に乗ってきた。
実は僕も、ペンネームを持っていて、それが外国の魔王の名前で、本名とリンクさせたように、当て字にしているのですよ、と言った。お互いに、子どもっぽい、幼稚な遊び心が、共通していたのである。
それでかどうなのか、すっかり打ち解けて会話が弾み、友だち口調になり、東京へ帰ったら手紙を出し合おう、という訳で、住所を交換した。
彼が、乗り換えの駅で降りた時、私たちは車内とホームで、それぞれ笑顔で小さく手を振って別れた。私は一応、階段方向に向かって歩く彼の足どりや、顔つきや、雰囲気を観察していた。危ない様子がないかどうか、を。
こちらは日帰りプチ旅行だから、今夜か、明日の朝にでも、せっぱ詰まって私にメモを渡したお母さんに、とりあえず、安心させる電話をしてあげようと考えていた。(つづく)
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ホント、ご苦労様でした、遠くて寒いところを(笑)
内湯から露天へ?命知らずですね!私は、絶対嫌ですから。。。あ、誰も誘ってないって?あはは
なるせさん、鉄鉱石が65%も値上がりしているって、さっきNHKのニュースでやっていましたよ。
泣きたい時には、私に話してください、聞くだけなら聞きますよ。ちなみに、お金はありませんから、よろしくデス
コメント、ありがとうございました(合掌)
う~ん、のっちさん、こんなブログ見たりしていて、企画書、大丈夫ですか~?(笑)
距離の取り方ですか…彼が私ゴノミではなかったから、なんてふざけた事は言いませんけれど。まぁ、女らしくなかったのは確かデス。今は女にもなってみたいわね、たまには~、きゃはっ
のっちさんは、振り回されないでしょう、たぶん。のような、気がするけれど
とにかく、仕事のためなら”女”も捨てる、おバカだったかも。だって、仕事が一番ワクワクして、大好きだったし
んで、企画書できたん?
コメント、ありがとうございました(合掌)
ただ雪だと内湯から露天風呂への移動が、ホント寒い…。
しかしトーコさん、若い頃はいろいろな経験をされてるのですね。
それにしても、運命って不思議です。
そうですかぁ?いいところでしたかぁ?あはは。
そんなことより、ホラホラもっと大事なことがあったじゃないですか。サーモンさんの”黙って海を見つめていた”二人の思い出。(私って、ヒマ?)
あの彼女の、気持ちの流れを、アレコレと推理していました。それがな~んと、私なりに、理解できたので、ホッとしました。むろん、誰にも言いませんから、ご安心を(笑)
貴重なお昼休みのコメント、ありがとうございました(合掌)
トーコさんの距離の取り方は絶妙!
わたしならきっと振り回されただろうなぁ。
つまり読み逃げしたので今日こそコメントをと思って来たら、
いやーーん、またまた「それでそれでのトーコさん」全開じゃありませんか!!!
魔女の名前って何だろう?
企画書書くより気になる。。。
いいところで終わってしまったぁ~ん(笑)
スリルとサスペンスですよ。…なんて、そうでもないですね。でも、「事実は小説より奇なり」というから、、、?
う~ん、ミステリーかも。乞うご期待を(笑)
応援とコメント、ありがとうございました(合掌)今日は、キレイな夕日の写真が撮れました。感謝感謝、すべてに感謝、六方拝デス
ホント、リラさんって、褒めるのがお上手で、クラッとしてしまいますわ(笑)
いえ実は、今回は、スベッたかなぁ…と、反省していたところです。この話を、誰かに話すなんて、少し前の私なら、思ってもみなかったことですから。
人生って、どこでどうなるものか、分かりませんね。自分でも、不思議な気がしています
プライバシーというものがありますから、どの辺までは許されるのかなぁ?などと、考えながら、明日続きを書くつもりでいますヨ
応援とコメント、ありがとうございました(合掌)
一気読みをしてしまいました。
つづきが楽しみ!!
素敵なお話ですね。私も早く、続きが読みたいです。
しかも、こんなわくわく、ドキドキ満載のお話って、大好き!!
トーコさんて、前に伺いましたが、萄子さんて仰るのでしたよね。
まるで渡辺淳一の小説にでも出て来そうな、これもロマンティッなお名前。
19歳のトーコさんも、容易に想像出来るというものです。
益々文章力が冴え渡るトーコさんに、“ポチ”!!
まぁ、今日はお仕事、お休みですか?
こちらは、今日は特に寒いんですのよ。雪が吹き降ろして来ています。なるせ夫妻が心配です。あ、でも、温泉で 温まっていますね。(襲撃したろか!)あはは
今日は、来て下さって、嬉しかったとですよ~
コメント、ありがとうございました(合掌)其れではまた、いつの日にか~
そうですね、昔と違って、東大生といっても、今はバリエーションがあって、面白そうですね。
しかしナニブン、当時の私は田舎者だったため、”東大生”に遭遇したのは、初めてだったもので、まるで珍獣を見るかのような気分でして。。。あはっ!
ちなみに、これ自慢ではないですけれど、子供の頃よく遊んでいた従兄弟の子が、現在東大生だそうです。遠方で、会った事はないけれどね。その家の伯母さん、そんなことは何も言わなかったなぁ~、全く知らなかったです。
天才・たくたくろさん、今日も頑張ってくださいネ
コメントと応援、ありがとうございました(合掌)
今度は箱根ですか?私は、一度も行ったことがないです。一緒に行きたい人がいないの~。連れてって~(笑)
子供のころから、車窓の景色を眺めるのが、一番癒されます。電車の揺れや音も好きです。さすがに今は、一人旅をする気持ちにはなりませんが、また、いつか行きたいですね
コメント、ありがとうございました(合掌)
え?若い時の写真?…さぁ、見たことないけどね~(笑)
そうそう、先日の冒頭の背中アップのお写真、もしや、もしや、いしともさん??
う~む。以前見た美人系とのギャップが。。。きゃはっ!
遅くまで、お仕事ホントご苦労様です。捻挫には気をつけてね
コメント、ありがとうございました(合掌)
お元気そうで何よりです。
おっと!!。今回は続きものですか。
さすがです。
其れでは又いつの日か。
その方はラグビーをやっていたらしく、いい体つきでした。
東大というイメージからはかけ離れていました。
今は昔ほど勉強、勉強でもないみたいですね。
いい出会いしましたね。
ボックス席に坐っていてそれをみるのも楽しいものです。
地方に行けば行くほど地元の人が話しかけてきます。
「どこから来たの?どこへ行くの?」
時にはお饅頭やおにぎりを貰うこともあります。
学生の時の旅はほとんど「鈍行」でした。
宿賃がもったいないので「夜行」にも乗りました。
人とのふれあいが楽しいのです。
今でも山に行く時は「鈍行」です。
のんびり車窓の風景を眺めていると時の流れを忘れます。
さあ、トーコさんのお話の続き・・・
何が起こるのでしょう・・・
これから箱根に「鈍行」で出かけます。
明日の夜帰る予定です。
それまでの楽しみにとっておきます。
早くつづき~!!!
ねえねえ、トーコさんのお若い時の写真ないの?
会ってみたいな~。20代のトーコさんに♪
まぁ、引き込まれました~?うふふ
導入部からして、普通あり得ないでしょ?
あの日、あの電車に乗らず、あの席に乗り合わせなければ…何事も起こらなかったのに…
たぶん、この後の展開を読める人は、いないと思うわ。ええ、たむたむさん以外にはネ(笑)
コメント、ありがとうございました(合掌)
おもろい!!!
はよ続きを・・・