
昨年の安部公房展で購入した公式図録をいま読んでいるのですが、その中で安部ねりのエッセイがありました。安部ねりは、安部公房の一人娘で「ねり」という名前は、宮沢賢治のグスコーブドリの伝記の登場人物から取った、と書いてありました。
宮沢賢治と安部公房の関係も興味深いところですが、安部公房が娘の名をつけたという、グスコーブドリの伝記は読んでおかねばならぬ、と青空文庫で読んでみました。
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グスコーブドリ(ブドリ)がこの物語の主人公。舞台は、宮沢賢治の心象世界であるイーハトーブになります。
ブドリの世界が、災害に見舞われることから始まります。まずは冷害により森に棲むグスコー家は被害を受け、親子が離れ離れになります。このときにブドリと別れたのが、妹の「ネリ」です。
ひとりになったブドリは働いて暮らしを立てますが、さらに災害に見舞われます。火山噴火により灰で養蚕業が壊滅、伝染病により稲作が壊滅、と厳しい自然の仕打ちを受けたブドリは、学者との出会いをきっかけに技術者の道を進みます。
技術者のブドリは、火山噴火の被害をベント構築により防いだり、潮汐発電所を作ったり、肥料の空中散布で生産性を上げたり、さらには天候制御も実現します。宮沢賢治は、これらの技術を1932年に予見していたのです。この予見知の高さは安部公房に通じます。
一度は防いだ火山活動が再開しました。今回はベントを作っても退避手段がありません。ブドリはこの難題に立ち向かいます。
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グスコーブドリの伝記を読み終え、再度安部ねりのエッセイ『「ねり」という名前』を読み直し、安部公房と宮沢賢治に対する理解が深まりました。
また、グスコーブドリの伝記には、次の表現があります。「大きな黄いろな月がしずかにのぼってくるのでした。そして雲が青く光るときは変に白っぽく見え、桃いろに光るときは何かわらっているように見えるのでした。」
空が桃いろに光るときに月が笑っているように見える、この「月が笑う」という独特の表現は、安部公房の『笑う月』に記されている「笑う月が追いかけてくる。オレンジ色の満月が、ただふわふわと追いかけてくる」夢と関連しているようにも思えます。ここらへんからも安部公房への宮沢賢治の影響が見られるのかもしれません。
話は変わりますが、『少女ファイト』という漫画があります。作者は日本橋ヨヲコで、バレーボール部活を通して自己の存在を認識しつつ成長する青年群像が描かれています。
この作者が、安部公房ファンであることがよくわかります。連載話のタイトルに「砂の男」、「箱女」、「密解」、「幽霊部員はここにいる」、「恋の眼鏡は色ガラス」、「野良犬たちは故郷をめざす」などなど、安部作品のもじりが登場して、安部文学を知っている人なら思わずニヤリとします。
さらに主人公の名前が、安部の一人娘と同じく、「ねり(大石錬)」となっています。
ストーリーも実存主義的なものになっていて、安部公房ファンは読んでみると楽しめる漫画だと思います。
p.s. 今日は暑かった、4月下旬の陽気らしい。
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