クラシック鑑賞 11 (PART 1)
(janacek1.jpg)
(music987.jpg)
(ireba03.jpg)
(laugh16.gif)
(ohta03.png)
デンマンさん。。。、最近、クラシックにハマっているのですかァ~?
(kato3.gif)
僕はクラシックは、どちらかと言えば苦手なんだよ。。。
それなのに、どういうわけで、最近オイラと たびたびクラシックを鑑賞するのですか?
オマエは不満なのォ~?
いいえ。。。 デンマンさんと共にクラシックを鑑賞することができるなんてぇ~、天にも昇るような気持ちですよ。。。 この際、スキップして喜んでもいいですか?
(smilejp.gif)
あのさァ~、いくらなんでも、それはオーバーじゃないのォ~? オマエが以前のようにスキップして喜んだら、この記事を読みにやって来たネット市民の皆様が呆れて他のブログへ飛んでしまうのだよ!
分かりました。。。 じゃあ、スキップして喜びたいのですけれど、デンマンさんが そのように言うのであれば、じっと我慢したいと思います。。。で、いったいどのクラシックの曲を鑑賞するのですか?
今日はさァ~、残念ながら、オマエが書いた曲集の原稿から選択したわけじゃないのだよ。。。 たまたまバンクーバー市立図書館で借りていた本を読んでいたら次の箇所に出くわしたのだよ。。。
ヤナーチェックの《シンフォニエッタ》
(janacek2.jpg)
小説『1Q84』の本文、1行目からいきなり音楽が、ヤナーチェックの《シンフォニエッタ》があらわれる。
渋滞に巻き込まれたタクシーのFM放送から曲はながれてくる。
青豆はいったいどの時点から《シンフォニエッタ》を耳にしたのか。 (略)
特にクラシック音楽に親しんでいるわけではない青豆がすぐにこの曲を同定する。
もっとも、それほど本文にあるように言い当てられる人が決して多くはなく、むしろとても少ないかもしれないにしても、一度耳にしたら何らかの印象を抱かせられる特徴的な音楽であるのも確かだ。
2本のテノール・テューバはそれぞれ平行5度で進む。
そうしたひびきに、ティンパニがアクセントを加える。
それは、中世的でこそあれ、西洋近代の、たとえば18-19世紀のクラシック音楽とはたぶんに隔たった、どことなく粗野さの洗練といったものが含まれている。
(92ページ: BY 小沢純一)
(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)
「村上春樹『1Q84』をどう読むか」
編者: 河出書房新社編集部
2009年8月11日 第3刷発行
発行所: 河出書房新社
デンマンさんは村上春樹の『1Q84』を読んだのですか?
いや。。。 自慢じゃないけれど、僕は村上春樹の小説を一冊も読んだことがないのだよ!
それなのに、どういうわけで上の本を借りたのですか?
僕は、彼の小説は読んだことがないけれど、図書館にある彼のエッセーはほとんど読んでいるのだよ。。。
何で村上春樹の小説を読まないのですかァ~?
例えば、上の本の中である人物は次のように書いているのだよ。
(1q84.jpg)
『1Q84』に漂う、どこかインチキくさい、薄っぺらな感じは、
エピグラフとして掲げられている「イッツ・オンリー・ア・ペーパームーン」の歌詞に
あるような「書き割りの世界」の表層性をフィクションの
語り(騙り)として確信犯的に描いたものなのだろうか。
(158ページ) 小澤英実
僕は村上春樹の小説のタイトルから、どこかインチキくさい、薄っぺらな感じを受けるのだよ。。。
それで、デンマンさんは村上春樹の小説を読む気になれないのですか?
そうなのだよ。。。
つまり、喰わず嫌いなのですねぇ~。。。?
まあ、早い話、そういうことなんだ! ところで、オマエは村上春樹の小説を読んだことがあるのォ~?
オイラも村上春樹の小説は読んだことがありません。。。 うへへへへへ。。。
それは、どういうわけでぇ~?
あのねぇ~、村上春樹の小説は売れすぎるのですよ。。。 『ノルウェイの森』は450万部も売れたのですよ。。。 『1Q84』は、発売1週間で96万部も売れた。。。
つまり、あまり売れすぎる小説は、オマエは読まないことにしているのォ~?
そういう小説は、どこか異常ですよ。。。
どこが異常なわけぇ~?
村上春樹の小説が売れても、日本の出版業界も小説も文学も、何も恩恵を得られないのです。。。
どういうわけで。。。?
つまり、流行の波に乗って買うミーちゃん、ハーちゃんが多いだけなのですよ。。。 要するに、“村上春樹バブル”です。。。 ここまで売れてしまうとは、版元だって、作者だって、おそらく思っていなかったはずです。。。
要するに、このバブルをフレームアップした者が居ると、オマエは考えているのォ~?
そうです。。。マスメディア、つまりテレビと新聞とインターネットですよ。。。 日本という国では、とにかく売れてしまったものが、どんな作品であれ もっと売れるという法則があるのです。。。
オマエは皮肉な見方をするんだねぇ~。。。
村上春樹が、毎年、ノーベル文学賞をもらえると日本のマスコミが騒いでいるのに、もらえないのはなぜかァ~? デンマンさんは、分かりますかァ~?
(gohou99.jpg)
毎年、村上春樹がノーベル文学賞の選考からもれているので、ハルキストが苦情の手紙をノーベル文学賞選考委員会に送るのだよ。。。 だから、委員が頭に来て、意地になって、毎年 村上春樹以外の文学者を選んでいるんだと僕は思うのだよ!
そうじゃありませんよゥ! 文学賞選考委員は、この世界的な売れ行きは 日本のマスコミが生み出した「村上春樹バブル」だと見なしているわけです。。。
だから、文学賞選考委員は村上さんにノーベル賞をあげないわけぇ~?
それ以外に考えられないじゃありませんかァ~! で、デンマンさんはヤナーチェックの《シンフォニエッタ》を聴いたことがあるのですか?
いや。。。 一度も聴いたことがない。。。 ついさっき次のYouTube のクリップで聴いたばかりだよ。。。
(janacek3.jpg)
シンフォニエッタ
《シンフォニエッタ(伊語:Sinfonietta)》は、レオシュ・ヤナーチェク最晩年の管弦楽作品。
大オーケストラのための《シンフォニエッタ》は、当初は「軍隊シンフォニエッタ」や「ソコルの祭典」と呼ばれていた。
ヤナーチェクがソコル体育協会の参事会員であったことから、この協会のためのファンファーレとして作曲されたとしばしば言われているのだが、ヤナーチェクは「勝利を目指して戦う現代の自由人の、精神的な美や歓喜、勇気や決意といったもの」を表現する目論見から本作を作曲し、「チェコスロバキア陸軍」に献呈する意向を持っていた。
ヤナーチェクは友人カミラ・ストスロヴァーとともに野外コンサートで吹奏楽を聴き、それによって自作の《シンフォニエッタ》の開始楽章の霊感を得たのである。
ソコル体育祭の実行委員が依嘱作品を打診してきたとき、ヤナーチェクは《シンフォニエッタ》の素材を展開しているところであった。
その後ヤナーチェクは、「軍隊シンフォニエッタ」の題名から、「軍隊」の文字を削ぎ落とした。
プラハ初演は《グラゴル・ミサ》と同じくヴァーツラフ・ターリヒの指揮により、1926年6月26日に行われた。
作品は結局、イギリスにおけるチェコスロバキア音楽の紹介者でヤナーチェクの擁護者であった、ローザ・ニューマーチに献呈された。
シンフォニエッタは、元来「小交響曲」といったほどの意味があるが、本作はもともと軍楽として構想されたためもあり、伝統的なソナタ形式やロンド形式は斥けられており、交響曲としての性格は失われている。
しかしながら本作はヤナーチェク独自の堅固な構成の典型例となっており、各楽章の素材は冒頭の動機から導き出されていく。
ヤナーチェクの《シンフォニエッタ》で目立っているのは、金管楽器のみで演奏される最初のファンファーレを基礎とした、いくつかのヴァリアンテである。
第2楽章は木管楽器の急速なオスティナートによって開始するが、その後はより抒情的なエピソードを含み、ファンファーレ動機のヴァリアンテもはっきりと聞き取れる。
第3楽章は弦楽器で静かに始まるが、トロンボーンのいかつい音型によって中断され、速い舞曲調のパッセージへと導かれる。
第4楽章では、ヤナーチェクは、新たに解放された祖国を、愉快なトランペットのファンファーレによって祝っている。
終楽章は、先行楽章のいくつかの素材を変ホ短調に移調させてしめやかに開始するが、それでも勝利のフィナーレに向けて忙しなく突き進むと、弦楽器と木管楽器によるさざめくような装飾音型をともなって、ついに最初の金管ファンファーレが戻ってくる。
各楽章と副題
以下の5つの楽章から成り、全曲を通して演奏すると20〜25分程度を要する。
各楽章には、当初は描写的な副題が添えられていたことから、標題的な意図のあったことが察せられる。
調性は各音につく臨時記号による。
1.「ファンファーレ」:アレグレット Allegretto、変ニ長調、4分の2拍子
2.「城塞(シュピルベルク城)」:アンダンテ Andante、変イ短調、8分の4拍子
3.「修道院(ブルノの王妃の修道院)」:モデラート Moderato、変ホ短調、2分の2拍子
4.「街路(古城に至る道)」:アレグレット Allegretto、変ニ長調、4分の2拍子
5.「市庁(ブルノ旧市庁舎)」:アンダンテ・コン・モート~アレグレット Andante con moto — Allegretto、変ニ長調、4分の2拍子
出典: 「シンフォニエッタ (ヤナーチェク)」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
。。。で、上のYouTube の曲を聴いて、デンマンさんはどのような印象を受けたのですか?
あのさァ~、本の中で小沢純一さんが「本文にあるように言い当てられる人が決して多くはなく、むしろとても少ないかもしれないにしても、一度耳にしたら何らかの印象を抱かせられる特徴的な音楽であるのも確かだ」と書いてるのだけれど、僕はもちろん初めて聴いたわけ。。。 もし僕が小説の「青豆」だとしたら、タクシーに乗ってこの曲が流れてきても、全く聴く耳を持たず、無関心のまま窓の外を眺めていたと思うよ。。。
。。。でしょうねぇ~。。。
『1Q84』を買って読んだミーちゃん、ハーちゃんの中にヤナーチェックの《シンフォニエッタ》を聴いたことがある人が、いったい幾人ぐらい居たか? たぶん、1、000人の内で一人か二人だと思うよ!
当たらずとも遠からずでしょうねぇ~。。。 で、デンマンさんはヤナーチェックの《シンフォニエッタ》を聴いて、どう思いました?
1度聴いたら十分! 途中で、もう聴くのを止めようかと思ったよ。。。 2度と聴きたいと思わない曲だねぇ~。。。 はっきり言って、小説の中に わざわざ人気のない、あまり知られてないクラシックの曲を持ち出すあたりが、どこかインチキくさい、薄っぺらな感じを受けるのだよ。。。
。。。で、デンマンさんが『1Q84』を書いたとしたら、どの曲を持ち出すのですか?
もちろん、次の曲だよ!
(gsen03.jpg)
あれっ。。。 バッハの≪G線上のアリア≫じゃありませかァ!
これだったら、ミーちゃん、ハーちゃんでも一度は聴いたことがある曲なんだよ!。。。
でも。。。、でも。。。、何でこの曲なのですか?
これを聴いていると心が癒されるからだよ。。。
(gsen04.jpg)
■『癒しを奏でるパンツ』
つまり、小説の中には、誰もが知っている、心が癒されるような曲名を書くべきだとデンマンさんは主張するのですか?
その通りだよ! おそらく、ノーベル文学賞の選考委員の人たちもヤナーチェックの《シンフォニエッタ》を本の中に見てどこかインチキくさい、薄っぺらな感じを受けるのだよ。。。
そうでしょうか?
もし村上さんが『1Q84』の中にナーチェックの《シンフォニエッタ》じゃなく、バッハの《G線上のアリア》を書いていたら、2,3年前には、すでにノーベル賞をもらっていたはずだよ!
そうでしょうか?
あのさァ~、昔の人は“信じる者は救われる!”と言ったのだよ! だから、オマエも僕の言うことを信じれば、救われて幸せになれるんだよ!
でも。。。、でも。。。、それとノーベル文学賞は全く関係ないと思うのですけれど。。。
とにかく、信じることが大切だよ。。。
馬鹿バカしい。。。!
(laugh16.gif)
(すぐ下のページへ続く)