'97~'98年冬は、長野五輪のあった期間で車両確保とかを理由に一時シュプール号の運転が中止されたのもあったが、その間も貨物はオリンピックと関係なくいつも通りに走ってたので、新潟からの石油臨貨8380レや青海からのセメント貨物5374レを目当てにセッセと急行『能登』に乗って出掛けてはコマを稼いでいた。
特に冬寒い長野のこと、石油貨物はかなりの需要が見込まれたため1月下旬から2月初頭の間は連日、現車で20両前後の長編成で走っていた。
オリンピック開催の数日前の2月8日、古間~黒姫間、鳥居川"古間小学校バック"。
県境向こうにそびえる妙高山も杉の沢スキー場辺りから上は雲に隠れて頂上がみえず、これじゃインカーヴから列車を狙っても山が見えないしつまらないと判断してアウトカーヴ側に立ち位置を取る。こちら側なら向かって右側から当たるので一応順光。但し、太陽が低いのでまだ架線の影が思いきりかかるが。
何番でもいいから来てくれたらOKのつもりだったが、この日やってきたのは、両パンPS22装備の53と、篠ノ井所属ではラストになる70の重連。
こんな遊んでるときに限って・・・
できれば別の場所にいたときに来てほしかったカマが来てしまった。その上肝心の8380レは長編成ときて、最後尾がなかなか見えない。ようやっとシンガリのタキ9900が現れてから初めてドラを回すとアガリは見ての通り…何かいろいろ上手くない。タキ9900に至ってはケヤキの木の陰だし。機番に思いきり架線の影がかかってるけれど、まあ、いいか。
その後も古間~黒姫間ほか色々な場所で8380レを撮ったが、この鳥居川カーヴ外側からの撮影はこの1回だけだった。
(10.01.'21付、第三次修整更新)
(26.01.'19付、第二次修整更新)
(04.03.'18付、修整更新)
特に冬寒い長野のこと、石油貨物はかなりの需要が見込まれたため1月下旬から2月初頭の間は連日、現車で20両前後の長編成で走っていた。
オリンピック開催の数日前の2月8日、古間~黒姫間、鳥居川"古間小学校バック"。
県境向こうにそびえる妙高山も杉の沢スキー場辺りから上は雲に隠れて頂上がみえず、これじゃインカーヴから列車を狙っても山が見えないしつまらないと判断してアウトカーヴ側に立ち位置を取る。こちら側なら向かって右側から当たるので一応順光。但し、太陽が低いのでまだ架線の影が思いきりかかるが。
何番でもいいから来てくれたらOKのつもりだったが、この日やってきたのは、両パンPS22装備の53と、篠ノ井所属ではラストになる70の重連。
こんな遊んでるときに限って・・・
できれば別の場所にいたときに来てほしかったカマが来てしまった。その上肝心の8380レは長編成ときて、最後尾がなかなか見えない。ようやっとシンガリのタキ9900が現れてから初めてドラを回すとアガリは見ての通り…何かいろいろ上手くない。タキ9900に至ってはケヤキの木の陰だし。機番に思いきり架線の影がかかってるけれど、まあ、いいか。
その後も古間~黒姫間ほか色々な場所で8380レを撮ったが、この鳥居川カーヴ外側からの撮影はこの1回だけだった。
(10.01.'21付、第三次修整更新)
(26.01.'19付、第二次修整更新)
(04.03.'18付、修整更新)
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