地域の活性化に大活躍の矢部顕さんからの元気になるメールが先日届きました。私も頑張らなくてはと気を引き締めています。
■福田三津夫様
先日の土曜日、2月15日、わたくしたち亀山城跡保存会が主催しました
「郷土の歴史講演会」は無事終わりました。
「岡山の戦国時代を振り返る―『現代語訳 備前軍記』の監修を通して」と
いう演題で監修者の内池英樹氏を講師とした講演会でした。
約130名ほどの参加者がありました。
岡山では、一昨年11月に市長を先頭に、官民一体で「戦国武将 宇喜多家
を顕彰する会―大河ドラマ化をめざしてー」なるものが発足しました。
宇喜多直家と秀家の2代をドラマ化しようと署名運動も始まりました。
我が家の裏山は、直家が備前を支配したときの居城で、秀家はここで生まれた
と言われています。
宇喜多秀家は関ケ原の戦いで西軍の主力として戦い、敗れて、徳川によって
八丈島に流刑となり、そこで84歳の生涯を終えました。
ですので、第一次資料が乏しく、100年も後の江戸時代に書かれた『備前軍記』
が重要な書物なのです。
その『現代語訳 備前軍記』(2020年発刊)にまつわる講演でした。
2020年は秀家生誕450年でした。この記念の年に、秀家が誕生した亀山城西の丸
跡にある浮田小学校と秀家終焉の地で近くにお墓がある八丈島大賀郷小学校と、
姉妹校交流を始めたんです。
今の時代ですからインターネットで、それぞれの学校の様子をはじめ秀家研究など
を紹介し合っています。
遠く離れた八丈島と450年という時空を超えた子どもたちの学び合いの交流です。
(これを仕掛けたのはわたし)
チラシと写真を添付します。
矢部 顕