南の島の土着民風自由人

自分の生活、計画し実行してきましたが、病気や人間関係など思いがけない障害に遭遇しました。

(^_-)-☆了解された

2012-03-06 22:11:00 | 行きすぎ

1146 本格的に最終月の仕事が始まった。7月からこの場所に赴任してきたが、不完全燃焼のまま半分居候のような状態だった。10月ごろから、塩ビの二色成形の異形品を作ることを頼まれ、簡単に引き受けたはいいが、障害が多くて思うように進まないばかりか、それが下で、本来、私がやるべき若者への技術伝授の時間が無くなってしまった。ここへ来て、やっと、余裕ができ、追いこみ指導が出来る状態になった。一か月で何ができるかといったって、何もできることはない。しかし、準備した金型について一通り製品を作って見せようと思う。

 ほっとした気分になった一日でした。ひょっこり、時間つぶしに私のところへやってきて、“勝手なことを云ってるようだな、とにかく、一通り、教えて何かを残して置いてくれよな””いい加減、もう、のんびりしたらどうかね“とも言ってきた。”女房にも何もしてやっていないから、人生、ちゃんと、帳尻を合わせてやらないとな“。「その通り、そろそろ、引退したら、人の事より自分のことでしょ」といってやった。”どっちが先に死ぬか分からない“「順番から言ったら、私が弔辞を読んであげますから」と、そんな、会話をした。その後、カンボジア、ベトナム、などへ行ってきたばかりらしく、その辺りの様子を話してくれた。というより、自分の感想を話しながら、確認していたという感触だった。まだまだ、引退など、全く考えていない様子。”後継ぎがいないしな”と、ご自分で言っているが、「後継ぎがいないのは自分の責任でしょ」と、私は言えなかった。

 

 ともあれ、折を見て、私の方からアポを取って了解を得ようと思っていたところ、親父さんの方からひょっこりやってきて、“しょうがないな“と、言ってもらったことで、3月末日で解放されることがはっきりした。インドネシアにいれば、嫌でも、PT.N社やそこの日本人や従業員と会う機会が沢山ある。縁を切ってしまうなどということはあり得ない。外にいて、応援する事になるでしょう。気楽に。

 

 隠居 回遊魚 解放感

Comment
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする