エピローグ

終楽日に向かう日々を、新鮮な感動と限りない憧憬をもって綴る
四季それぞれの徒然の記。

睡蓮の午後

2010年07月16日 | 日記
午後の睡蓮は、まどろみの中にあった。






         睡蓮の午後



      午後の微睡(まどろ)み
      温んだ水盤に浮かぶのは
      睡蓮の淡き眠りである

      睡蓮の花が水に映るとき
      時代は遡って
      切り込んでいくのだ

      睡蓮の午後は早いのだ
      たちまち花は閉じ
      たちまち消えていく

      跡形もなく消えた睡蓮の午後が
      停滞した

      睡蓮の淡き眠りに
      時代が滞って
      水盤が壊れた






スイレンは水連と言うより、やはり「睡蓮」が良く似合うのである。
午睡のあの心地よさは、何物にも代え難い。






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花言葉の無い植物

2010年07月16日 | 日記
花が咲かず、いわゆる観葉植物に分類される植物は多い。
しかも、結構美しかったりするのである。

そうした植物には、当然のように「花言葉」は割り振られていないのである。

こうした観葉植物にも言葉を割り振ってあげても良いではないか、と思うのである。
「観葉言」とでも言っておきましょうか!



シラサギカヤツリ草である。
風に揺れる姿は、涼やかである。

「秘めた純情」でどうだろうか?

姿かたちを彩る緑に、白い花芯のような部位が印象的である。
そこから得たイメージである。

「疑惑の解明」でも良いのかもしれない。



ソバカス草である。
この葉の点々は白と、ピンク色とがある。

「なごり雪」
「妖精の足跡」

でどうだろうか?
不思議な葉っぱである。

例えば「フイリヤブラン」などもあるけれど、この点々は不思議であるし可愛い・



これには、ピンクの点々が入っている。
モンゴメリの「赤毛のアン」のソバカスのように可愛い。

観葉植物にも「観葉言」を割り振る心がほしいものである。







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