エピローグ

終楽日に向かう日々を、新鮮な感動と限りない憧憬をもって綴る
四季それぞれの徒然の記。

難波田城跡を歩く

2010年10月31日 | 遺跡
埼玉県富士見市に残る難波田城公園は、市営の施設としては優れて立派である。
ぼくは、かつてこの地域に住んでいた事がある。

アパートは東武東上線鶴瀬駅から徒歩1分の場所であった。



この城跡は、良く晴れた日に散策すると楽しいであろうと推測できる。
水濠と土塁で構成されていて、往時の面影が偲ばれる造りとなっているのである。



曲輪(くるわ)と曲輪を東西につなぐ木橋で、復元されたものである。
公園の入り口のすぐそばに架かっている。



もちろん入口は「冠木門(かぶらきもん)」である。
公園内の三か所に復元されている。



この冠木門に屋根をかけると「追手門」となる。
大概、地方都市の城郭の正門に当たるのである。



10月とは言え、まだまだ緑濃くたたずまいは静謐であった。



富士見市の教育委員会はなかなか歴史観のある組織であると感心したのである。
温故知新の精神が生きている。

児童たちは良い教育環境に囲まれているのである。

ぼくは今、東京に住まいしているけれど富士見市に戻っても良いかな!と思わせる環境である。







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                     荒野人

映画を見ました・・・桜田門外の変

2010年10月30日 | 日記
「桜田門外の変」を見ました。
映画としては比較的長い作品です。

大沢たかお主演です。
その他、助演の見事な演技に魅了されました。



安政7年3月3日の出来事である。



大沢たかおは井伊直弼の襲撃実行部隊の指揮を執る「関 鉄之助」を演じる。
同士が次々と傷つくけれど、井伊の首を取る瞬間を確認後、現場を離れる。
それからの人生の苦悩を見事に演じきった。

大老・井伊直弼に伊武雅刀。
水戸藩主・徳川斉昭に北大路欣也。

井伊の武骨。
斉昭の時代に揺れる心根。

どちらも見事に演じたのである。



ぼくは、この桜田門を季節ごとに訪ねる。
石垣、お堀の水、松、白砂・・・それらの全てが揃っているのである。

ここから歩いて日比谷公園に向かうのが常である。

映画としては少しばかり冗長に過ぎたのかもしれないけれど、時代考証は出来ているのではないかと思った。
大名の登城時の共揃えの員数を井伊の武骨に重ね合わせた時代交渉は見事である。

初めて知ったのであるけれど、登城時には小走りで進むのであるらしい。
籠の担ぎ手は大変であったろうと実感できたのである。

当日は季節外れの大雪で視界は悪く、護衛の供侍たちは雨合羽を羽織り、刀の柄に袋をかけていたので、襲撃側には有利な状況だった。
江戸幕府が開かれて以来、江戸市中で大名駕籠を襲うなどという発想そのものがなく、彦根藩側の油断を誘ったのである。
襲撃者たちは『武鑑』を手にして大名駕籠見物を装い、直弼の駕籠を待っていたという。

最後は、護る者のいなくなった駕籠に次々に刀が突き立てられた。
さらに有村次左衛門が荒々しく扉を開け放ち、虫の息となっていた直弼の髷を掴んで駕籠から引きずり出した。
直弼は無意識に地面を這おうとしたが、有村が発した薬丸自顕流の「猿叫」(「キエーッ」という気合い)とともに、振り下ろされた薩摩刀によって胴体から切断された首は、あたかも鞠のように雪の上を飛んだという。
襲撃開始から直弼殺害まで、わずか数分の出来事だったという。

こうした無謀な襲撃によって時代の歯車は確かに一回りした。
若き志士たちの爆発に爽やかな自己犠牲を見る事が出来た映画である。

若者の潔(いさぎよ)さにぼくは落涙した。
18名の志士に哀悼の誠を捧げたい。




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大好きな落ち葉・・・風に吹かれて

2010年10月30日 | 日記
枯れ果てた葉っぱたちが、風に吹かれて寄せ集められている。
人はこれを吹きだまりと称するのである。



ぼくは吹きだまりなどと、不埒な表現はしない。
日向ぼっこの落ち葉たちである。



徐々に仲間の場所に移動している落ち葉たちは、健気ではないか。



中には、新たな場所を開拓すべく奮闘している落ち葉もいるのである。
やがて、仲間が増えるに違いない。

彼らを集めて、一か所に積んでおく。
腐葉土に変身するのである。

彼らの新しい生涯が始まるのだ。
なんたる生命のリンクであろうか。



でも「孤高狷介」の落ち葉もいる。
我「孤高にして」その性「狷介」であると訴えている。

まるで彼岸の彼方へと飛翔するかのようである。
こうした景色も良い!



この肩を寄せ合って新たな生涯を待つ景色も良いのである。
決して「寄らば大樹・・・!」ではないぞよ。

と仰っておられる。








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縄文からの谺・・・葬る

2010年10月29日 | ポエム
前に「日本のカッパドキア」として紹介した場所である。
吉見百穴(よしみひゃくあな)は墓穴としての評価が定着したと言える。



だがしかし、ぼくは土蜘蛛人(コロボックル)の住居跡であって、後世縄文人が住まいとした説を信じたいのである。
もちろん、学問的ではなく「ロマン」としてである。



トントンとノックしたくなるではないか。
この一帯にはこうした穴の穿かれた丘陵が点在しているのである。





        葬る


      ぼくは精霊とともに生きた
      精霊は容赦なく
      ぼくたちの村を襲い
      父を奪い
      母を奪った

      淘汰を忘れたぼくたちへの
      仕打ちであるのかもしれないのだが
      ぼくは怒りをもって
      精霊と山と
      森羅万象とともに生きた

      精霊は
      ときに女を奪い
      男を殺(しい)した
      若者は拉致され
      苦役に投入された

      ぼくは精霊とともに
      眺めた

      時代が進み
      やがて
      ぼくは精霊を羽衣にして
      散華した

      ぼくは
      その時代
      ここに葬られた






誰でも良いから、ここをノックしてくれないか。
ぼくはそれを何億光年も待ち続けているのである。






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縄文からの谺(こだま)に耳を研ぎ澄ませよ!

2010年10月28日 | ポエム
縄文のヴィーナスに出会ったからであろうか、いまぼくは縄文の声を聞きたいと切望しているのである。



今を遡ること32年、詩人・宗 左近は縄文というテーマで連詩をものにしている。
作曲家・三善 晃とのコラボである。

ぼくはこれから耳を清ませつつ、縄文からの谺を文字にしていきたいと思っているのである。



最初の縄文からの谺は、いまぼくの内部で響き渡っている。
その声を、縄文人の横たわる骨とともに刻印したいのである。

縄文人の周囲には、捨てられた貝殻が層を成している。





        縄文に還る

      ぼくじしんの原風景が広がる
      あの時代に還るのだ

      ぼくが生まれ
      あなたが生まれた時代へ

      その原風景の中で
      吐息が膨らみ
      空気は膨張し
      破裂を繰り返した

      縄文に還る日
      ぼくはあなたと
      炎に焼かれ
      素焼きのテラコッタとなった

      ぼくは虚空となって
      縄文からの谺を
      聞いた

      見上げた空に
      密集したシラカシの青い葉が
      乱れ飛んだ





ぼくはこの住まいに棲んでいたのであった。





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