1969年、私のいた大学でも全共闘の学生?に占拠
されてしまいました。それまでにも占拠の兆候はあっ
たのですが現実のものになるとは思っていませんでし
た。ある学部の教授会の中に乱入して何か訳のわから
ない要求と称するものを拡声器でがなり立てて教授会
を妨害したり、対立していた自治会系の学生の目を鉄
の棒で突いて失明させたりもしました。
ある日出勤すると校舎に入れず困っていると、前に私
に助けられたという学生が来て、当分の間校舎を占拠す
ることになったと教えてくれました。何か持ち出したい
ものがあったら、私と来てくださいと言って研究室へ連
れて行ってくれました。研究室には危険な薬品や高価な
装置・器具がありましたが一応当時暗室として使ってい
た部屋に隠してローカに大きな戸棚をおいて入り口をわ
からなくしておいたので安全だったことが確認できまし
た。校舎の占拠は6月頃から半年以上にわたり継続されま
したので、授業は年度いっぱい行われませんでした。
校舎を占拠されていた文系学部の卒業予定の学生はどう
処理されたのかは記憶にありません、理・工学部の学生は
通常通りに卒業したと思います。
研究室は写真の通り荒らされてはいましたが、化学科の
学生が頑張って管理をしていたようで予想していたよりは
良い状態でした。一人分の寝床がありました。
屋上にはレンガの破片や砂利などが大量に置かれていま
した。最後の写真は機動隊が突入しようとしている場面で
す。この日のうちに校舎は解放されました。
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