ジャニーズ性暴力疑惑とメディア
元文春記者・中村竜太郎さんに聞く、23年間の絶望。
朝日新聞 塩倉裕 2023年5月22日。
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ジャニーズ事務所での性暴力疑惑に対し、
「大手新聞は問題を矮小化していた」と中村竜太郎さんは指摘します。
報道できなかった背景、メディアの責任について、
元週刊文春記者の中村竜太郎さんが語ります。
◆ 元ジャニーズの友人、突然流した涙。
「元ジャニーズの友人が『竜ちゃんだから話すけど……』
と言って語ってくれた証言は忘れられません。
働き盛りの中年男性が、昔の被害体験を思い出して涙を
突然ぼろぼろと流し始めたのです。
普段いっしょに飲んだり明るく騒いだりしていた姿との落差に、
ショックを受けました」
「親にも言えずにずっと隠してきたことを、彼は私に話してくれました。
仕事とはいえ申し訳ないことを聞いてしまったという気持ちになる
と同時に、自分は報道する責任を背負ったのだとも感じました。
思い出すと今でも胸がいっぱいになるし、
取材したときの情景や空気の重さをリアルに思いだせます」
●問:英国の公共放送であるBBCがこの問題を取材し、
2023年3月に番組「J-POPの捕食者」として報道しました。
中村さんはその取材に協力し、
番組で「23年間、私は絶望したままです」と証言しましたね。
どのような絶望なのでしょうか。
◆「見て見ぬふりをした」メディアへの絶望
「日本の主要メディアが長年この件について見て見ぬふりをしてきた現実への絶望感です。
キャンペーン報道をしている間、
新聞やテレビに後追い報道をしてほしいと願っていましたが、
性的虐待の実態解明に取り組んでくれるメディアは現れませんでした。
反応して報道してくれたメディアは当時、
米ニューヨーク・タイムズ紙を始めとする海外メディアだけでした」
「キャンペーン報道の4年後には裁判で、文春記事の重要部分を
真実だと認定する判決が最高裁で確定しました。
今度はさすがに他メディアもきちんと追及に取り組んでくれるだろうと期待しましたが、
待てども待てども日本のメディアが目覚めてくれることは
ありませんでした。
BBCの報道がなければ、ジャニーズの性的虐待問題は
社会的には今でも『なかったこと』にされていたはずです」
問:●今回BBCの報道に触れて、どう感じましたか?
「ひどい人権侵害だ、これが長年問題にならなかったのはおかしい、
とBBCスタッフは言いました。
日本のメディアの人と話すときとは全く違う反応だと感じました。
なぜ日本のメディアは取り上げないのか、
と彼らは私に何度も尋ねました」
「英国だけではありません。米ボストン・グローブ紙は、
カトリック教会内で児童への性的虐待が行われてきた事実を暴い
2002年の調査報道で、ピュリツァー賞を受賞しました。
その実話をもとに製作された映画『スポットライト』も、
米アカデミー賞を受賞しています」
「『スポットライト』を見たときに私は
『日本と米国はこんなに違うのか』と改めて衝撃を受けました。
週刊文春のキャンペーン報道は、ボストン・グローブの報道の3年前です。
同じようなことを報じたのになぜ日本では無風だったのか、と」
●深刻な人権問題だという認識、あったか?
問:この二十数年間、朝日新聞を含む日本のメディアの姿は
中村さんの目にどう映ってきたのですか?
「ジャニーズの性的虐待問題に光を当ててほしいと私が持ちかけると、
メディア関係者からの反応は二通りでした。
一つは関心のない人からの『あー、そんな話ありますねー』という声。
もう一つは『分かってはいるんだけど、うちでは取り上げられない』との声でした」
「テレビ局とスポーツ紙は『ジャニーズ事務所を敵に回したくない』と忖度していました。
大手新聞は『芸能界という特殊な世界での出来事だ』
と問題を矮小化していたと思います」
●問:報道や論評をできなかった理由は何だと思いますか?
「テレビ局とスポーツ紙について言えば、ジャニーズ事務所との
商売上の利害関係が構造的に強かったためだと思います。
NHKは公共放送ですが、やはりジャニーズにべったりでした。
人気のあるタレントを番組に取り込むため、
つまりキャスティングのためにジャニーズに忖度しているのだ
と私は見ます。経営層の英断があれば是正できる問題だと思うのですが」
「大手新聞が書けなかった理由は、
深刻な人権問題だという認識が薄かったためでしょう。
この問題は芸能ゴシップではないのだと私は訴えてきましたが、
理解されませんでした。
加えて、週刊誌が報道したことを新聞が取り上げるなんて
恥ずかしいという意識もあったかもしれません。
背景には『週刊誌の書いていることなんてウソだ』
という偏見がありそうです」
●問:週刊文春はなぜ、報道できたのでしょう?
「ジャニーズ事務所との商売的なかかわりあいが薄かったことは大きいと思います。
たとえば出版社でも、ジャニーズの所属タレントを起用した商品で
稼いでいる会社の場合は、
批判しないでおこうという忖度が働きがちです」
「もちろん、週刊誌には興味本位という部分もありますし、
週刊文春のやっていることが100%正しいとも実は思っていません。
ですから、自分自身が当時問題をどこまで深く認識できていたのか
と自問する面もあります。
ただ、有名人の不倫が批判されるのに
ジャニー喜多川氏という権力者の性的虐待が批判されない社会は
不公平でおかしいという思いは、当初からありました。
ジャニーズ事務所という権力を十分に監視できず、
問題を是正できなかった責任が私たちにはあるのだと、
自戒も込めて思っています」
●問:他メディアが後追い報道をしてくれることを願っていたけれど、
そうはならなかったと語られましたね。
中村さんは、どのメディアに報道してほしいと最も期待していたのですか?
「新聞です。社会の木鐸としての新聞のあり方に期待していました。
もし影響力のある大きな新聞社が先鞭をつけてくれていれば、
社会は少し変わっていたかもしれないと思います」
「警察が捜査しなかったから、刑事事件にならなかったから報道
できなかったのだと弁明する記者さんもいました。
それは違うと私は思います。
今ある法律や警察がどうであるかとは別に、
事実を集めて伝えることによって法律や社会の意識を
変えていくという役目がメディアにはあるはずだと思うからです」
◆被害の実態の調査と究明が第一
●問:ジャニーズ事務所は何に取り組むべきなのでしょうか?
「どういう被害がどれだけ生じていたのか、
事実と実態を究明することが第一だと思います。
第三者委員会を設けて、ジャニーズの息がかかっていない、
客観的に調査ができる人に担わせる必要があります。
そのうえで、被害者に対する謝罪と償いをし、
再発防止策を含めた改善策を公表するべきです」
「言いたくない人もいる、セカンドレイプ防止のため
調査すべきでないと言う声もありますが、
やり方次第だと思いますし、何があったのかを把握しない限りは、
言葉は悪いけれどジャニーズの逃げ得になってしまいます」
「藤島ジュリー景子社長は、
性的虐待が起きていたことを知らなかったと主張していますが、
知らなかったはずはありません。
またそもそも、一般企業であれば一問一答の記者会見に応じるはず
ですが、ジャニーズは会見も開いていません」
●問:メディアが取り組むべきことは何だと思いますか?
「エンターテインメントの業界は社会への大きな影響力を持つ
存在です。
ジャニーズで起きた性的虐待問題は深刻な人権侵害の問題なのだ
という認識を持って、被害の実態を報道し、
社会を改善していくための提言をしていくべきだと思います。
そうすることがメディアの信頼回復にもつながるのではないでしょうか」
(聞き手 朝日新聞 編集委員・塩倉裕)
中村竜太郎さんのプロフィール
1964年生まれ。95~2014年、週刊文春の専属記者として活躍。
ジャニーズ問題追及キャンペーンにも参加。著書「スクープ!」。