きょうも隣に ”山頭火” (井上智重)
熊日新聞に、毎日連載されています。
今日の句は、『お経をあげてお墓をめぐる』でした。
熊日新聞をスキャン。
毎回、句の説明がされています。
その説明の中に、木村 緑平、荻原井泉水、の名が出てきます。
木村緑平?、 荻原井泉水?、知りません。だれ~?でした。
調べてみました。
木村 緑平(きむら りょくへい)。
無銭飲食をして捕まった山頭火の身元引き受け人になったことから縁が深まった。
行乞流転(ぎょうこつるてん)の山頭火を経済的に支援した人でした。
荻原井泉水(おぎわら せいせんすい)。
東京帝国大学卒業後、新傾向俳句機関誌である「層雲」を主宰する。
自由律俳句の提唱者として【層雲】を拠点にして、
尾崎放哉や種田山頭火など多くの門人を育てる。
山頭火が投稿していた【層雲】の主宰者でした。
代表句
空をあゆむ朗朗と月ひとり
落葉の、これでも路であることは橋があって
尾崎 放哉(おざき ほうさい)。
自由律俳句の俳人としては、種田山頭火と並んで著名な俳人である。
山頭火の動に対して、放哉は静と言われる句風を持つ。
荻原井泉水の下で、層雲紙上で活躍した。
代表句
咳をしても一人
いれものがない両手でうける
春の山のうしろから烟が出だした(辞世)
数年前に、熊日新聞に ”山で出会った花” が連載されていました。
これにもハマリました。(笑い)
「山で出会った花」 自慢のスクラップ。1~9。
10~最後まで。