司馬遼太郎氏の街道をゆく 17 島原・天草の諸道に、
天草・崎津が書かれています。
あの『五足の靴』の青年たち(詩人)のことも書かれています。
街道をゆく17、崎津の項から抜粋。(下)。
『古来、詩人たちは、天草諸島のあかるさや美しさをうたってきたが、
景色も人情も、肥前(長崎県など)の風土のなかにある。』
天草の景色、人情は肥後(熊本県)じゃない、と書かれていますね。
そもそも、天草は海と山で、水田がありません。米経済の江戸時代です。
加藤清正は天草は要らない、と言って、代替地に豊後(大分県)の鶴崎をもらったそうです。
豊後(大分県)の鶴崎とは、
江戸時代には、鶴崎は佐賀関などとともに、熊本藩の所領となり、瀬戸内海への拠点とされた。
熊本藩の参勤交代は、豊後街道を経て熊本から鶴崎に至り、佐賀関から海路で大坂に渡る経路をとった。
鶴崎城は廃城とされて、跡には熊本藩鶴崎御茶屋が置かれ、豊後国内の熊本藩所領の統治にあたった。
熊本城から大分県に入り、鶴崎までの豊後街道沿いは肥後藩だったのです。
明治以降、鶴崎は大分県となり、天草は熊本県となりました。
加藤家のあとの細川家も天草抜きのまま政を行ったそうです。
知りませんでしたね。
江戸初期は肥前唐津(佐賀県)の行政区だったそうです。
その後、天領になり、江戸幕府・長崎奉行の支配下になったそうです。
なるほど、天草は長崎県の影響が強いのですね。
天草の大江、崎津を訪ねると、異国情緒の香りがします。
長崎・天草の協会群が世界遺産に登録されたのもうなずけます。
熊本県で長崎県の異国情緒の香りがする天草・崎津におこし下さい。
崎津天主堂の近くには、100台前後駐車される無料駐車場があります。
崎津での記念写真は、フォトハウス・モリタ が承ります。
フォトハウス・モリタ 天草市河浦町崎津454
電話 0969-79-0755
熊本県・天草の崎津集落。(画像は全てサイトより無断借用しました。すみません。)
天主堂の近くには、100台前後駐車される無料駐車場があります。
崎津での記念写真は、フォトハウス・モリタ が承ります。
フォトハウス・モリタ 天草市河浦町崎津454
電話 0969-79-0755
崎津の天主堂。
崎津の家の玄関は、海に向っています。
崎津天主堂の展望台から。(画像はサイトより無断借用しました)。ごめん。
崎津天主堂。
近くには、100台前後駐車される無料駐車場があります。
崎津での記念写真は、フォトハウス・モリタ が承ります。
フォトハウス・モリタ 天草市河浦町崎津454
電話 0969-79-0755
崎津天主堂。タタミ敷きです。
崎津での記念写真は、フォトハウス・モリタ が承ります。
フォトハウス・モリタ 天草市河浦町崎津454
電話 0969-79-0755