今日は町内のお祭で、子供たちが神輿をつる予定でした。
天気予報は雨となっていまして、それが、ピッタリと当たりました。
午前中は春の嵐のような空模様でした。
それでも、午後には雨が上がり、日が差してきました。
神輿をつって、町内を廻ると言うので無く、写真を撮る目的で、つりました。
我が家の前をみこしが通りました。
上から見たのです。
神輿をつって行く後姿を見送りました。
コレで、町内の子供。全員なのだろうか。
とても少ない人数となつています。
一宮友歩会の6月例会が、6月4日に有ります。その下見で大垣市内。北部の赤坂町を下見で歩いて来ました。明日は雨が降ると言う空模様です。
良い天気に恵まれました。
JR東海道線で大垣駅へ向かいます。
前方に電気機関車が見えます。
停車しています。
左側の貨物駅である岐阜ターミナル駅へ入線するのでしょう。
橋の上で、信号待ちしています。
長良川橋梁です。
この橋では、上り線と下り線が別々になっています。
運転席です。
この列車は豊橋を7時25分に出発してきたものでした。
30秒停車、そして1分停車。良く判ります。
揖斐川橋梁です。
この橋は、上り線と下り線が一緒になっています。
右側で、樽見線の下り列車が見えました。
東大垣の駅を出たところです。
樽見線の上り列車です。
先ほどの東大垣駅で下り列車とすれ違いました。
東海道線の電車が速く、樽見線の列車に追いつきました。
大垣駅に集合しまして、下見を始めたところです。
ここは日吉神社です。
鎌倉街道の道です。
曲がった道で、街道だと思わせます。
道しるべの役割を勤めたお地蔵さんです。
受円寺のボタン。
蕾です。
こちらは真紅のボタンです。
今が丁度、見頃でした。
受円寺の境内に咲いていた花ですが、この花の名が判りません。
受円寺から出ます。
ここには鎌倉街道の石柱が設けて有ります。
今回は下見です。
本番の時に立ち寄り、トイレを使わせて貰いたいと、お庫裡さんに伝えました。
下見で歩きます。
路傍に鎌倉街道の石柱を見かけました。
堤防上に上がりました。
この道は、輪中の道ではないかと話していたら、やはり輪中でした。
輪中の道でして、ピンポーン、と言う感じがしました。
サクラの時期が終わってしまっていました。
サクラが咲いていると良いだろうなーと思いながら、下見で歩きました。
道の両側にサクラが植えられています。
右側のサクラは幼木です。
赤坂の町へ来ました。
赤坂港跡です。
前方の白い建物は赤坂港会館です。
この会館は、土、日曜日は開いています。
6月の本番の時には、寄らせて貰うと告げました。
赤坂本陣公園です。
かつて本陣だった場所です。
この後、歩く道で相談です。
本陣公園の直ぐ前に旧清水家住宅が有りました。
住宅内に入り、本番でも寄らせて貰うと告げました。
左は説明しているボランティアガイドです。
右はガイドボランティアが詰めている、お嫁入り普請探訪館です。
お茶屋屋敷跡に来ました。
お茶屋屋敷跡ですが、この場所は将軍専用の宿泊所です。
竹が綺麗です。
ボタンの時期で、特別に公開されています。
ピンクのボタンです。
白や赤。色々の色のボタンが咲いていました。
西濃鉄道の昼飯線です。
今は廃線となってしまいました。
朽ちた踏切番小屋が残っています。
ワイヤーを巻き上げるハンドル。
ハンドルを廻してゲートを下げます。
かつて石灰岩の貨物列車が走ったのでしょう。
蒸気機関車の貨物列車。そんな風景を想像できます。
昼飯大塚古墳へ来ました。
昼飯大塚古墳は前方後円墳です。
円墳の頭頂部に上がりました。
円墳の頭頂部です。
北方に金生山が見えます。
お昼時の時間となりました。
昼食で入ったのが明吟です。
この店は日替わり定食店です。
この日は豚肉と長芋の炒め物。それにグラタンが着いていました。
この店にウド・鈴木がテレビの取材で訪れていました。
ウドちゃんの「旅してゴメン」と言う番組です。
2014.02.22オン・エアと有ります。
旧早野邸へ来ました。
この家屋は、かつて岐阜大学の学長を勤めた早野氏の邸宅です。
お墓の中を通り、お勝山に上がります。
勝山への道を歩きます。
勝山からの眺望。
削られた金生山が見えます。
御首神社へ来ました。
架かっている絵馬と供えられた帽子。
御首神社は首から上に効き目が有ると言う事から帽子などが供えられています。
北大垣駅に向かいます。
北大垣駅で、列車を待ちました。
大垣行きが入線してきました。
大垣駅で解散して、戻ってきました。
岐阜駅です。
タマタマ、石灰石の貨物列車が通過して行くのを見かけました。
あの金生山から石灰岩を運んで来た列車です。
新日鉄の製鉄所へ向かいます。
You tebeに石灰岩貨物列車が有ります。
https://www.youtube.com/watch?v=JN-Mk1iOrFI
西濃鉄道は非電化ですので、ディーゼル機関車でこの赤坂駅まで牽引してきて、この駅で電気機関車に替えます。
貨物列車は、この後に笠寺駅から名古屋臨海鉄道に入り、新日鉄に向かいます。
その石灰岩貨物列車の様子を捉えたYou tebeが何本も有ります。
この列車が無くなったら製鉄所の溶鉱炉がストップしてしまいます。
この貨物列車で、矢橋ホキとなっていますが、矢橋は社有車で、「ホ」はホッパーを表します。「キ」貨物車両の大きさを表し、ムラサキので段階別を表示します。ですからキは一番大きい規模なのです。無蓋車はトラック型でトが着きます。最小規模はトムです。そのような貨物も見かけなくなりました。
最近はコンテナの貨物ばかりです。コンテナ車の大きいものはコキとなっています。
荒々しく削られた金生山を見ました。
金生山が石灰岩を産出しなくなったら、どうなるのだろうと思います。
今日は第3金曜日で絵の教室がある日でした。
歩いて行きましたので、帰りは市民公園の中を歩きました。
市民公園の一角。
八重桜が満開状態です。
ピンクの八重桜です。
アップで。
枝の部分です。
こちらは白色です。
白のアップです。
小学生が遠足で訪れています。
円形になって、昼食の時間です。
子供の黄色い帽子の校章で学校名が判りました。
那加第一小学校です。
何年生か聞きました。
2年生だと応えてくれました。
先生とも、言葉を交わしました。
全部で5クラスなのだ、そうでした。
子供が減って行きつつ有りますが、那加一小は減少していないみたいです。
各務原市民公園。
遠方から眺めました。
遠足で訪れた小学生。
ここまで、歩いて来たのでしょう。
孫は新2年生です。
子供が2年生と応えてくれましたが、孫とダブって感じました。
今日は、天気予報で午後から雨が降ると予報していました。
雨が降る前に種サトイモを植えつけました。
JAで買って来た種イモです。
before
植えつける前です。
少々、ピンボケでした。
土を被せる前の状態です。
after
土を被せました。
種イモは全部で17個でした。
成長するようにと、思っています。
揖斐川町の役場の北側に桂川し言う川が流れています。
桂川の川岸にはなももが並んでいます。
はなももを見に行って来ました。
風が強い日で、訪れる人は少なかったです。
堤防にはなももの木が並んでいます。
1本の木から白と赤の花が混じっています。
橋の上から、上流を見ました。
ゴム製のゲートで水を堰き止めています。
堰き止められた水が用水へ流れていきます。
水車が回転し、回転に従って水を汲み上げるようになっています。
回転する水車。
水車にマスが着いていて、汲み上げます。
はなももを撮影する女性。
もう1枚。
女性カメラマン。
赤いはなももの花をアップで。
こちらは白のはなももです。
はなももは役場の近くの桂川で並木になっています。
折角、コレだけのはなももが有り、観光に生かしたらどうか、と思います。
ドラッグストア。ユタカの主催によるウオーキングの大会が一宮市の木曽川河畔で開かれました。4キロと8キロのコースがあり、8キロコースを申し込みました。
申し込んで、参加証が届きましたので、行って来ました。
会場である一宮市総合体育館です。
歩くコース地図です。
4キロと8キロのコースとなっています。
4キロは体育館を出て西に向かいます。
8キロは東へ向かいます。
4キロ歩く人が多いようでした。
丁度、スタートの時間です。
先に8キロコースを歩く人が出ます。
歩き始めました。
集団の最後尾に付きました。
歩き始めです。
左の建物が一宮市総合体育館です。
前方に138タワーが見えます。
これからあのタワーよりも、東まで歩き、ユーターンしてきます。
テレビのカメラマンが来ていました。
姉妹が手を振りながら歩いて行きます。
カメラに東海テレビのステッカーが貼って有りました。
夕刻に東海テレビのニューを見ていたら、この姉妹が出ていました。何十分もの取材です。それを僅か、何十秒と言う時間枠に仕上げます。放映されても、出る人出ない人。色々だと思います。
歩きます。
そして、前方にサクラ。
ベニザクラとプレートが着いていました。
ヒガンザクラのプレートが着いています。
春の彼岸が過ぎています。
ヒガンザクラは今咲くのだろうかと思いました。
歩く足元には花びらが散っています。
ビオ・トープのような場所の横を歩いていきます。
エードポイントです。
ここで飲料水を貰いました。
歩いて来て、前後の間隔が広がってきました。
間が開き、歩きやすくなって来ました。
青い河田橋が見えます。
東に向かって歩いて来て、ここでターンします。
これからは、木曽川の堤防を歩きます。
堤防の草の中にスミレが咲いていました。
1本雑草が邪魔しています。
撮影する時、取り除けば良かったです。
堤防を歩く人達。
列がず~と長い列になっています。
左に138タワーが見えます。
タワーの近くに来て、シダレザクラが咲いていました。
138タワー。
そして、ランナー。
前方に渡橋が見えます。
あの橋の下を通過します。
橋が近付きました。
堤防の下を歩きます。
コースが英字のZの形になります。
自転車で走行するグループ。
路面に歩行者と自転車を区分しています。
堤防上のポイント表示。
右下に全体の中の何番かを表示しています。
稲沢市への数字が減少して行き、江南市からの数字が増えて行きます。
今日のKオジサンの後ろ姿。
しっかりした足取りで歩いてきました。
第2のエードステーションです。
列が長ーく続いています。
快調な足取りのカミさん。
前を歩く人を抜いていきます。
堤防から下に降りました。
光明寺公園を歩きます。
歩行者と自転車用のコースとなっています。
腕に巻いたストラップ。
このストラップで参加賞の交換ができます。
サクラを映す男性。
このサクラにはオオシマザクラと表示していました。
オオシマザクラを見上げるご婦人たち。
今が一番良い時期となっています。
サトザクラです。
咲き始めたばかりです。
八重ザクラと呼ぶと思っていましたが、サトザクラと言うのが判りました。
前方に東海北陸自動車道が見えます。
ガードの下を通過しました。
体育館の前まで戻ってきました。
体育館の中に入ります。
健康と美 ウオーキングのゲートを通り抜けます。
体育館の中。
協賛者が個々のブースを構えています。
お疲れ様でした。
参加賞を頂きます。
試供品や賞品の余り等が入っていました。
主催者から渡された完歩証です。
歩き始めたのが11時10分です。そしてゴールは12時54分でした。人が歩く早さは時速4キロと言われています。8キロを1時間45分で歩きました。休憩もせずに歩き通しました。
カミさんは、良く歩いたと思います。
ソメイヨシノの時期は過ぎていましたが、ベニザクラとかオオシマザクラなどと、色々のサクラを見る事が出来たのも、良かったです。
生涯学習の前期講座の募集が有りましたので、申込に行って来ました。
各務原市産業文化センターです。
前回からあすかホールで受付をするように成ったと言っていました。
受付会場のあすかホールです。
講座の受付は9時からと10時30分からに分割して受け付けます。
早く受け付けたのは、既に終わっていました。
次は、後半の受付を待ちます。
受講したい講座の前に列を作ります。
申込もうとするのは、自然を楽しむ山歩きです。
定員は25名となっています。
沢山の人が列で並んでいます。
見たところ、女性が多いです。という事は女性の方が勉強熱心と言えるのでしょうか。
4月の第2土曜と日曜日。美濃まつりの日です。
美濃市で開かれる美濃まつりを見に行って来ました。シナイと言う長い竹に飾られた和紙の華。
町内を練り歩く神輿。
そんな、お祭を見物してきました。
美濃橋・上有知湊跡
車を停めたのは長良川の河原です。
市内各所に駐車場が有りましたが、何れも混雑していました。
ここに停めて少し歩けば良いと思っていました。
前方に見えるのが美濃橋です。
橋のたもとでスケッチするグループが居ました。
スケッチする姿。
別の角度から
こんな景色が見えます。
上有知湊跡の住吉灯台が良い風景となっています。
これから渡る美濃橋です。
美濃橋の上から。
橋を渡り、美濃まつりの会場に向かいます。
美濃橋の上から。
親子でしようか。
水遊びに興じています。
美濃橋を渡り終えました。
上流に新美濃橋が見えます。
橋の横に枝垂れサクラが咲いていましたが、満開時期が過ぎていました。
まつりからの帰路
上有知湊跡に寄りました。
住吉灯台がポイントで、良い景色になっています。
上有知湊跡から上流を眺めた風景です。
上有知湊跡の説明板。
帰りに美濃橋を渡ります。
美濃橋が大正5年に建設されたと有ります。
大正5年と言うと、建設されてから約100年になります。
橋が錆をおびてきています。塗り替えることも必要ですし、20名以上で渡らないようにとなっていますが、ワイヤーを交換するなど抜本的な対策が必要だと思います。
国指定の重要文化財となっていますが、改修工事が必要でしょう。
美濃橋の上から。
真夏になると水泳をする人で賑わうことでしょう。
美濃橋の上から。
橋を渡ります。
美濃橋の上から。
まつりに行く時に見かけた家族です。
子供は遊んでいますが、親は寝ています。
美濃橋の上から。
まつりに出かけるときに見かけた、スケッチのグループです。
良い絵は描けましたか?
これから、まつり会場へ向かうのでしょう。
美濃橋を渡り、まつり会場へ行って来ました。
この近くを曽代用水が流れています。
曽代用水が世界かんがい遺産に指定されたと幟旗が立っていました。用水が長距離で多くの場所に案内板を設けるのは無理ですが、美濃橋、上有知湊跡、曽代用水でまとまったゾーンを形成させれます。効果的にPRに取り組んでいく必要があると思います。
折角、観光資源が有るのに生かしきれていません。
美濃まつり
まつりのパンフです。
うだつの家屋がある通りに来ました。
前方に花みこしが見えます。
花みこしを追いかけて来ました。
街中を練り歩きます。
先回りしてみこしが来るのを待ちました。
子供みこしが来ました。
子供サイズの太鼓があり、みこしを担ぐ勢いを煽ります。
子供みこしに続いてきたのが大人の花みこしです。
「オイサー」「オイサー」と迫力有る声が出て、まつり景気を煽ります。
ピンクの和紙。
この竹の事を「シナイ」と呼んでいます。シナイというと、竹刀の字を使うのかも知れません。
シナイがみこしの中心に束ねてあります。
鍛治屋町に有った、信州屋と言う菓子の店に入りました。
美濃の黒助と言う黒糖ゴマ味の外郎を買いました。美味しかったです。
店内に武者飾りが有りました。美濃は和紙の町です。和紙を使った灯りが置かれていました。
こちらは別の店です。
店を開いているような、閉じているような感じの店でした。
お婆さんが店番をしていました。
声を掛けて店内に入らせて貰いました。武者飾りが飾って有りました。
枝垂桜が満開の広場です。
ここは美濃流し仁輪加のコンクール会場となる場所です。
今夜コンクールが開かれます。
街の中を歩きました。
舟山車が展示して有ります。
喫茶店の表に飾られていた武者飾りです。
山車。浦島車です。
浦島車の解説板です。
浦島車の垂れ幕。
朱色の生地に龍が描かれています。
金糸を使った刺繍でとても豪華に見えました。
この垂れ幕を見ていると、男性が説明してくれました。
垂れ幕は1000万円以上も掛かったのだそうです。1台の山車の垂れ幕で、1000万を越える金額。凄いことだと思いました。
古いものから新しいものにするのに、地区で積み立てをしていたと語りました。毎年、毎年積み立ててきて、今日の姿となりました。
「まさご」のハッピを羽織った男性が説明してくれました。
山車の唐子です。
唐子が下に安置して有りました。
少し、離れた所でした。男性がそこに唐子が有ると、唐子の場所を指しました。
このことも、男性が教えてくれなかったら、見落としていたかも知れません。
明日は、唐子を乗せて、山車が町内を練り歩きます。
帰路。
小倉山公園に寄りました。
沢山の屋台が並んでいました。
美濃まつりのパンフの裏側にみこしが廻る順路が書かれていました。花みこしが八幡神社に結集するのが8時20分で8時30分に神社を出発するとなっていました。長良川の河川敷についたのが10時半近くでした。みこしが出発していて、最後のみこしを追いかけ、どうにかみこしを見る事が出来ました。着くのが、もう少し遅かったら見る事が出来なかったところです。1町内だけでしたが、みこしを見れて良かったです。