51年ぶりに中学校のクラス会を開くことになり、幹事を引き受けた。何か思い出を引き出すものがないか探っていたら、中学2年生の学級文集が出てきた。B5版、ガリ版刷り40ページ。タイトルは「もくざい」。
読み返してみると、「汗だくになって働く親見れば、欲しいスタンドねだるにねだれず」といった、親や兄弟姉妹への思いを謳った短歌や詩・俳句、50年以上前に、すでに「自然と人間の共生」の大切さに視点を置いた作文、「将来は手のひらで観られるテレビ」の開発を予想するもの、「初の南極観測船宗谷」に夢を馳せる作品などが自筆で書かれており、とにかく感動した。
14歳の心象風景が見事に描かれていて、学校生活やふるさとの様子、時代背景までが見事に浮かび上がってくるのだ。一人で読むのはもったいなくて、妻にも読んで聞かせ、泣いたり笑ったり感心したりした。クラス会では、言うまでもなく、思い出の扉を開く絶好のツールとなった。
一人でも多くの皆さんに読んでいただきたいので連載することにした。読みやすくするため、誤字、脱字は極力直すようにした。(それでも間違いがあるかも) 北海道の山間の小さな学校で過ごした、52年前の少年少女の気持ちをお伝えしたい。
当時の時代背景を簡単に振り返っておきたい。
☆1956年(昭和31年)の主なニュース10。
①日ソ交渉妥結 ②参宮線列車転覆の参事 ③弥彦神社惨事 ④砂川基地拡張反対闘争 ⑤オリンピック日本参加(メルボルン) ⑥日本の国連加盟決定 ⑦石橋自民党総裁決定 ⑧日本隊マナスル登頂成功 ⑨日本南極観測隊出発 ⑩参議院の乱闘
☆流行った歌
「東京の人」「ここに幸あり」「若い巡りさん」
☆人気の本
「太陽の季節」(石原慎太郎) 「女優」(森赫子) 「四十八歳の抵抗」(石川達三)
☆話題の映画
「夜の河」「真昼の暗黒」「居酒屋」(仏)
☆流行語
太陽族 ドライ 一億層総白痴
☆暮らしの指標
収入(月額) 30,776円
支出 24,231円
コメ(1kg) 89円
タバコ しんせい 40円
ふろ代(東京・大人) 15円
散髪代(東京・大人) 145円
国鉄(初乗り) 10円
バス(東京・大人1区間) 15円
国立大・授業料(入学金) 9,000円(1,000)円
「読売新聞社 10大ニュースに見る戦後の40年」より
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学級文集「もくざい」の創刊に当たりて
みんなの学級文集「もくざい」が漸く創刊されました。題名はS・Mさんがつけてくれました。表紙の版画はI・T君がつくってくれました。
「もくざい」…何という素朴な題名ではありませんか。でも、木材はM町の歴史を書き続けてくれて居り、私達M町に住む者の生活と切り離すことの出来ない深いつながりを持って居ります。
丸太が土場に山に積み上げられた時は駅はにぎわい、木工場のモートルが、うなりつづけるとき、街は活気づくのです。そして、そんな年が来るたびに、みんなの友達がふえ、みんなの学校が大きくなってきたのです。
今、生まれたばかりの文集「もくざい」は、誤字や脱字も多く、文もととのっては居りませんが、このなかに、たからかにうたわれているのは…みんなの―よろこびであり…かなしみであり…いきどおりであり―みんなの生活からにじみ出た素朴な、清純な魂の感情のいきいきとした息づきであります。
又、編集も、ガリ切りも、印刷も製本もクラスのみんなの手で出来た汗の結晶でもあります。この文集を手にした、みなさんの感激は如何ですか。プーンとただよってくる一頁一頁の謄写インキの香りのするとき、今までの苦労もけしとんで、みんなが木材の街M町を愛する如く、きっと、この文集も第二号、第三号…と立派に育てられて行くことを信じて居ります。
書くことは、自己の感情と思考を正しく豊かに育てることです。どうぞ、どこまでも育ててください。
(中二国語科 担任N 1957・3・21)
「木材」によせて
第一回目の「木材」を発行するとの事、内容はどうあろうと実に喜ばしい事です。特に、主題が先生には気に入りました。M街の地域性に適応した言葉だと思います。言葉からうける感じは、素朴な何か味がにじみ出て来る様な感じを受けます。
然し、木材の外形は実に貧相に見えます。駅頭に積み上げられている木材に注意力を引く人が少ないのと同時に、人々は停滞的な事物より活動的な事物に注目し、かつ批判し、評価しようとしています。
木材になるまでの過去に於ける、自然的悪条件に戦いながら年輪をました状態にうとんじて、結果のみで評価するからですね。外形のみでなく内容をも検討し批判する態度をとっていただきたく思います。
貧相でも良い、君達の生活に関係のある身近なものを沢山記載される事を望みます。
(中二副担任 H・S )
文集の発行に寄せて
足音の強い響き、かん高い人声、机、椅子を取り片付ける物事、これ等の音の交錯の中で「古きものと新しきものの交代」が行われるのです。二度と経験することの出来ない中学二年生とも、いよいよお別れというわけですが、ふり返って見ると実に数多くの出来事が浮かんで来ます。
この文集も学年末の忙しさの中で、よくこれ程立派に出来あがった事には、いささか驚かされました。これも全員の一致した協力の結果だと思っています。これをきっかけとして、待望の最高学年になってからも、更によいものに育てていってほしいと思います。文集のみならず学級会、生徒会等も、このような全員の心からの協力があれば、今迄よりずっと立派になるであろうと確信しております。
間もなく三年生です。三年生としての登校日までに一年間の反省を行い、今迄にこんな良い三年生はなかったと言われるような学級になってほしいと心から望んでいます。
(中二担任 I・T)
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それにしても、国語の担任の先生が、よくぞ学級文集を残してくれたものだと感謝の気持ちでいっぱいだ。文集の中にも出てくるが、みんな原稿を書くのに四苦八苦した。私もその一人だ。
だが、半世紀を経た今、これはまさしく宝ものだ。「あぁ、あの時こんなことを考えていたんだ」と、鮮やかに14歳の自分が、そこにある。
何回も引っ越しをしてきたが、「自分のお宝箱」と称して、写真、通知箋、スポーツ大会・皆勤賞・弁論大会などの賞状・記録証などと一緒に半世紀以上、押し入れの奥に仕舞っておいた。この学級文集も、文字通り日の当らないところで眠っていたため、ガリ版刷りとはいえ、ほぼ読み取れる状態だった。これにも驚いた。