きょうは忘れもしない東日本大震災から一周年、車に乗って移動中で家に帰ってテレビの報道で知ってそれからは画面に釘付けになって見たのは衝撃の映像の連続であった。以来一日として報道のされない日は無いといっていいほど次々と事態は推移、いまだに見通しがたっていない、一年が経とうと言うのにいまだに余震が頻発し夜寝ていてて携帯の「なまず情報」に起されることもしばしば「津波はありません」というメッセージを見て床につくという状況が続いている。きょうは被災地を中心に全国で追悼の催しが行われるが外国でも同じように連帯の催しが行われている。外国からの支援は126の国、地域、国際機関から総額175億円もの支援があったそうだ。きょうは被災で亡くなられた人びとのご冥福を祈るとともに7万本の松並木から生き残った高田の松のように不屈の気持ちで再起を目指してほしい。
あれから一年あっというまに巡ってきました。自分には何もできなかったけれど日本中いや世界中の人々が憂い援助の手を差し伸べてきましたが復興は遅々として進んでいません、それは地震と津波によって被害を受けたうえに原子力発電所が依然として危機的状況を脱していないからです。Wakiは当初からテレビや新聞、インターネットで伝えられる報道で心を痛めていましたが、その見聞きする内容を五七五に託して書きとどめてきました。それは3月13日から5月8日まで当初の目標である100句をはるかに超えて138句にもなりました。駄作ばかりですが振り返って見ますとその時の情景がまざまざと目に浮かびます。Youtubeからとり溜めた数々の震災映像とともに心に刻んでいます。
トンボの目にとって目にあたるレンズは命だと思う、丸6年使ってきたIXYそろそろ買い換への時期がきた。動画を撮影したら部分的に色が飛んでモノクロになってしまったりすがる。アカトンボも了解してくれたので思い切ってNEWを買ったデジカメながらレンズは35mmフイルム換算25①~500mmで試験的に撮影した結果はご覧の通りでまずまず。光学×20④・デジタル4倍で×80まで⑧OKだ。それにこのカメラにはGPSが搭載されている。画素数は前が600万画素、こんどのは1210万画素で2倍になっている。これからもどんどんフィールドに出て写真を撮ろうと思っている。
タイムスリップ ★象の行進★
これはWakiが若かりし頃の思い出のアルバムでカラーというもののだんだんと退色してくるし何とかしなければと思っていたのですが、皆さんにもご覧いただきたいと思ってアップしました。大きな画面にしたり、切り替えの時間を長くできますのでスライドショーでご覧ください。
きょうのトンボの目はちょっと珍しい写真を紹介しよう。この象の群れ、これが日本ですよと言っても誰も信用してくれない。しかもWakiが撮影しましたと言うと「ウッソ」と声が返ってくる。そう思うかたは次のURLをクリックいただいて
http://blog.goo.ne.jp/photo/151917?fm=entry 「タイムスリップ ★ 象の行進 ★」をじっくりとご覧ください。
このBlogの上にある「フォトアルバム」をクリックしてもご覧いただけます。
きのう夕方のテレビニュースで大阪駅の北一等地にあるヤード跡地の活用について市長の考えが表明された。この跡地を森にしてそこにリニア新幹線を誘致すると言うものだ。都市の緑はパリやロンドンやニューヨークには都会のなかに立派な公園がある。ソウルだって北京だってある。でも大阪は無いに等しい。だからとにかく将来のことを考えれば先ず無条件に公園にして木を植えることだ。木が育つにはさしあたり50年は掛かる。でも市長は何かと言うと経済効果とかマネジメントとか言って問題を難かしくややこしくしている、でも防災拠点を兼ねるという考えには大賛成だ。
先月の末に新聞にホームセンターのチラシが入って、デジタルカメラが5,980円各店5台、お一人さま1台限りと、あったので開店に合わせて買いに行ってきた、丁度これからが新学期でビデオやカメラの新製品の出揃う時期だ、アカトンボが大事に愛用してきたデジカメがもう9年にもなるのでこの方をアカトンボにしてWakiはほかの機能のもったものを狙っている。それにしてもこのカメラ1210万画素もあってご覧の写り具合だ。それに動画機能もちゃんと付いている。Wakiが今使っているデジカメは600万画素の旧タイプのものだ。
昨日は所用で大阪へ出た、そのあと病院の伯母と実家の姉を見舞ったがその途中国道26号線の消防署が目に止まった、消防車の車庫の横に大きな電光掲示盤があってその下に時計そして半鐘を叩く火消しが、そしてその下の目の高さに掲示板が納まっている。そこで想い起こすのは上の3枚の写真、1955年Wakiが20歳のとき沿道に毎日マラソンを応援に行って撮った6×6版の写真だ。懐かしい当時のコンクリートの火の見櫓が写っているが当時は機能していた。下の半鐘は当時の名残のようだ。当時の毎日マラソンは毎日新聞大阪本社と高石町折り返しのコースであった、オープンカーには前年優勝の浜口選手が乗っているとメモにある、でもこれはピンボケであった。
この店はときどき鮮魚売り場でまぐろの解体ショーと銘打って威勢よく大きなまぐろを手際よく切り分けては計り売りをして捌いている、まぐろもいろいろあってブランド物は青森太間のマグロだがこのあたりは紀伊勝浦から直送のマグロが多い、思い切り食べてみたいとも思うが年を取れば少しでいいが旨いものに手が行く。数年前マグロの資源が枯渇して食べられなくなると大騒ぎしたがなかなかどうして結構こうして店頭に並ぶ。一見高いけれども切り身は捨てるところがないので結局得だ。一晩冷蔵庫で寝かすといちだんと旨くなるそうだ。
アカトンボが背骨を痛めてもうかれこれひと月になる、いまだに病院に通い注射と痛み止めを服用しているが徐々に快癒しつつある。でも室内でも杖が欠かせない。丁度元気なときに野山を歩くのに買っていたMontbellのイタリア製のT・Gripが役にたっている。それにホームセンターで買っていた先端のフックを手元のグリップで操作できるグッズだ。樹脂製で350円ほどで買ったものだがいまではこれが欠かせない、洗濯物の取り入れ、カーテンの開け閉め、落とし物を拾うなど用途はさまざま。この二つはかたみ離さずもって重宝している。