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入学試験とは

 入学試験はあっという間に終わります。最近の中学では、当日発表というところもでてきましたが、試験翌日には結果がでてくる学校がほとんどです。試験そのものも実際には4時間程度で終わっていますから、ずいぶん長い間準備した割には、あっけなく結果は出てしまうものです。

 学校の現場でお話を伺ってみると、きわめて事務的に作業は進みます。ほぼ当日中に採点は終了し、チェックの後にコンピューターに入力されて、順位がはじき出されます。そして校長先生の前で成績判定会議が行われますが、その学校のレベルやその年の他校の状況を見ながら、合格者数や補欠の数が決まっていきます。そして合格発表、最近はホームページで発表する学校も増えてきました。ですから実際に試験を受けていく方の心理状況とはまったく雰囲気が違います。

 だから、この試験にいったいどれほどの重きをおくべきなのかということは、親としてやはり考えておかなければいけません。入試で人生が決まるなどということはまったくないし、4時間くらいで決まる試験ですから、子どもの実力をどれほど反映するかといえば、やはり疑問符はつきます。そのことは学校側もよく知っていて、しかし、入学者は決めなければなりませんから、単純に入試のできで合格者を決めているわけです。

 私は、いずれにしても結果は出るので、むしろ結果が出た後のことが重要だと思うのです。試験ですから、合格か不合格かに分かれます。これは非常に明確です。今までいっしょに教えていた子どもたちも、合格発表の瞬間から合格した子とそうでない子に分かれてしまいます。だからといって、それに何の意味があるのかといえば、たいした意味はないのです。大事なことは、その後どうするかなのです。合格した子どもがそのままうかれて勉強しなければ、たとえ良い学校に入ったとしても、何もならないでしょう。逆に、自分の努力が足りなかったと反省して、それから一生懸命にがんばってくれれば、それはそれで大いに良いことだと思うのです。

 ですから、こういう時に、親がしっかりしていることが大切です。合格すれば、それで緩むことなくさせていくし、残念な結果であれば、反省すべきところをきちんと反省させて、その上で次のチャンスをめざしていけばいいのです。いずれにしても前向きに、積極的に考えていかなければなりません。

 塾にいたころは、合格した子どもよりも残念だった子どもに対するケアに力をいれました。合格した子どもたちは、いきおいよく電話をかけてきます。しかし残念だった子どもは、そういうわけにはいかないでしょう。試験途中でも呼んで話をしましたし、行く学校が決まったあとも、いろいろと話し合いました。

 私が一番重要だと思っていたのは、恥ずかしいという気持ちにさせないということでした。負けは負けでいいのですが、今までいっしょにやってきた子どもたちを避けるようにはさせたくなかったのです。

 塾では元旦模試というのをやっていました。冬期講習の中のイベントなのですが、12月31日に、受験票を配り、元旦に試験、そして2日に合格発表をするという念のいれようです。合格者も補欠者も全部受験番号で発表しました。残念で涙をこぼす子どもも当然、います。一通り騒ぎがおさまった後で、子どもたちを集めてこんな話をしていました。



「さて、一応結果が出たわけだけれど、君たち、何か変わったことはあるかい?」

子どもたちはへんな顔をしています。

「合格した子はうれしかっただろう。残念だった子はくやしかっただろう。でも、それだけの話で、君たち自身は試験前も試験の後も何も変わってはいないんだ。合格しなかったことはくやしいことではあるけれど、恥ずかしいことではない。負けは負けで堂々としていればいいし、勝ったからといって、何が変わったわけでもないだろう。入試はそういうものだ。とかく、周りは合格したらすごいというけれど、だからといって、それからしっかりしなかったら、何もならない」

「今日は模擬試験だったが、1ヶ月後には本番がくる。でも中身は似たようなものだ。誰かが合格して、誰かが不合格になる。けれども、みんなはみんなであって、そう変わっているわけでもない。だから合格しようと、残念だろうとみんな、がんばってきたのだから、がんばってきたことを大事にした方がいいと思うんだ」

「ラグビーというスポーツを知っているかい?ラグビーは試合が終わることを、ノーサイドっていうんだ。ノーサイドは英語で、勝った方も負けた方もないよっていう意味なんだよ。なぜそうなのか。試合をしているんだから、確かに勝負はつくんだね。だけど、試合が終わったら、お互い、ラグビーをやったものという意味で仲間だ、よくがんばったとたたえあおうという気持ちがあるんだね。君たちは、同じ教室で、入試のためにがんばってきた仲間だね。だから勝っても負けても、それは試合の結果であって、それ以上の意味は何もない。だからお互い、また大いに仲良くやったらいいということだね」

「今日、残念だった子は、来月がんばりなさい。何がうまくいかなかったか、もう一度反省してみよう。今日、うまくいった子は、ここで油断してはいけない。もう大丈夫だと思った瞬間に、すきができることはよくあることだ。ただ、入試は試合であって、それ以上のものではないから、試合が終わったら、またみんな、今まで通り、やっていけばいい。負けたからといって恥ずかしがる必要はないんだよ」

 子どもたちは殊勝に聞いていますが、どこまでわかっているかは私も疑問です。でも、1ヵ月後の結果のあと、また合格した子も落ちた子もいっしょになって遊びにいったり、勉強したりする姿をみていると、よかったなと思います。ですから、たかが一回の試合のことで、親は大騒ぎをしてはいけません。子どもたちの人生はまだまだ、これからなのですから。
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