ミュー ・ 百花春至為誰開

月山・葉山・野菜つくり・短歌・スケッチ

初夏の朝日連峰 & 果樹園 ※寒河江市・柴橋

落葉の勲章

2008-10-31 | Weblog


春には満開の花を咲かせ、境内を彩った桜の樹。

夏にはのビアガーデンで、大勢の人達の日除けに。

そして、いつの間にか季節は晩秋。

風に吹かれ落葉となって、1枚1枚生まれて来たもとの土に帰って行かねばならない、短い生命なのだろうか。

茶色に染まった落葉は、四季それぞれを悔いなく生きた桜の葉に与えられる勲章なのかもしれない。

そんな勲章が敷き詰められた落葉の道を歩く私・・・・・・・・。



落葉が1面に広がった境内。・・・・・・・・・・・

 

 

境内には2,3の遊具がある。以前は子供たちが元気に遊ぶ姿を見ることが出来たが、今では子供たちの姿を見ることはほとんどない。

 

昔の面影(黒塀)を残すの表通り。

帰りは境内の裏の杜を抜けて帰ってきた。


夕方、犬の散歩に行ったら、早くも租垣をはじめていた家があった。

明日から11月。

来月半ばには、里にも初雪が降る。



 

白衣

2008-10-30 | Weblog
 
先日野菜用の肥料をくれたら、一気に元気になって、まだまだ出番が・・・・春から頑張ってる、我が家のミニトマト。


地元で20年振りに受ける健康診断。

妻と今年から初めて一緒に受診。

ルンルン気分?で朝7時センターへ出掛けた。

の顔見知りの人が沢山いた。

新参者の私、よろしくとみんなに挨拶。

今回は頑張る気持ちと実行力が比例せず、毎日の自然体そのままの受診が一番と、言い訳する・・・・。

1ヵ月後に健診結果が送られてくる。こればかりは全然待ち遠しくない。


すっかり忘れていたのだったが、やっぱり思い出してしまった。

白衣恐怖症・・・・歳がいもなく、実は小心者?・・・・・・

看護婦さんに血圧を測ってもらうとどうも数字が上がってしまう。

医者の前で測ってもらう時は何故か正常・・・?。

もともと高血圧気味。

血圧測定の途中、もしかして測定不能に・・・・と思い出してしまった。

以前、180を超え、別室に案内されたこともあった。

途端に、血圧計が止まってやり直しに.(自動血圧計)・・・・・マズイ!!

何とか1回目終了、続いて2回目・・・・・無事測定終了。

140台、少し高めの数字。よくこれでおさまった。

看護婦曰く・・・「この頃寒くなってきたせいで、血圧がいつもより高めになる人がいます」

私(心の中の声)・・・いえ、白衣恐怖症なのです・・・・。

一方、一緒に行った妻は・・・・毎年背が縮む、どうしてなんだろう・・・・とめったにない深刻な顔をしていた。


人それぞれ、夫婦にもわからない、いえない、いろんな悩みがある健康診断だった。


寒河江城址

2008-10-29 | Weblog


寒河江という地名は、アイヌ語から来ているという説と、アイヌ説に異論を唱え、朝鮮説を唱える人がいる。

古代、東北地方も朝鮮半島との往来が盛んだったのだろう。

なんとなくアイヌ語の発音のような気もするが、山形県南西部、小国町に多い「近」(こん)という姓は朝鮮から来ているようだ。

同じ町内に、「今」(こん)という苗字もある。なんだかややこしい。

こちらの「今」は和名のような気がする。

寒河江の古代の歴史はいろいろ言われているが、寒河江市の地名に丸の内という地名がある。

寒河江はおよそ400年続いた城下町である。



寒河江市のほぼ中心部に寒河江小学校がある。

寒河江城は、この小学校付近1帯にあった。

歩いてみると、僅かに堀や、町並みに城址の名残を見ることが出来る。

最近、街並みの保存が見直され、堀の一部などが復元、整備された。

 

寒河江市は、鎌倉前期の西暦1210年ごろ大江親広から1584年第18代大江高基が最上義光に滅ぼされるまでの400年、まさに戦国時代の真っ只中を8万石の城下町として栄えた。

大江氏が滅亡した16年後の西暦1600年には、関が原の合戦が行われ、江戸幕府が今まさに始まろうとしていた時代背景の頃の話である。

 

城は何代にもわたり拡張を続け、最大縦550m、横400mの規模を誇った。

当時の城は、堅固な石垣、堀、本丸等の要塞としての施設が、まだはっきりとはしていなかった。

都市計画で新しくなった大通りからは、地名以外にかっての城址の面影を見出すことは出来ない。

角の公園に案内板があり、僅かにここが寒河江城址とわかるくらいだ。

 

寒河江城主、大江高基が滅亡しておよそ400年、・・・・・・

われわれも、400年後の未知の世界にタイムスリップの悪戯・・・・・・・、

そこでは・・・・・・・・・・・・・400年前の出来事を云々していた 。  

さて、後世の歴史の評価はいかに・・・・・・・

そして、

大江高基と同様、われわれの生きたこの時代も、後世から見ればなんとはかなく、ちっぽけな時の刻みに映って見えるかも知れない・・・

だとすれば、もっとゆっくり、時には後ろを振り向いて、歩んでいかねば。

DIY

2008-10-28 | Weblog

         
         枯葉        訳詩 岩谷時子

      あれは遠い思い出   
      やがて消える灯影も
      窓辺赤く輝き      
      ひかり満ちたあの頃

 時は去りて静かに   
 降りつむ落ち葉よ
 夢に夢を重ねて    
 ひとり生きる悲しさ

      木枯らし吹きすさび
      時は還らず
      あーシャンソン 恋の歌

 暮れ行く秋の日よ
 金色の枯葉散る
 つかの間燃え立つ
 恋に似た落葉よ

      何時の日か抱かれ
      誓いし言葉よ
      儚くただ散り行く
      色あせし落葉よ
      ラララ・・・・・・・

 

   

 

今日1日、DIYディー。(分かり易く言うと、用務員)

我が家は数年前水廻り、外部のリフォームをした。(訳あって)

リフォームに掛ったおよそ倍のお金で、新しく建替え出来たかも・・。

そんな事情があって、意地でも10年以上はこの家に住まねばならぬ・・・。

(表通りから家までの道幅が狭く、冬期間の除雪が大変。この場所から脱出も考えたことがある)

外部は35年前に建てたままの、オンボロロンの家だが、内部はそんな訳でマアマア。でも住み辛い。

しかし、廊下のところどころで,この頃又床が少し沈み始めてきた。(いつ床が抜けないか、一寸心配)

それより、家の断熱性能不足が問題。かって、自宅にはまったくといっていい程、関心がなかった(医者の不養生?)

リフォームの時、既存部分の断熱改修を忘れてしまった。まったく恥ずかしい話だ。

寒い家は嫌い。ポカポカ暖かい家がいいに決まっている。


ヨーシ それではと、DIY・・・・・・を決心。 
   

昨日、ホームセンターからグラスウール断熱材を買って来た。

朝から断熱材を天井裏に敷き込む作業をした。勿論、いろいろハプニング発生。(当然のこと)

1日掛かってやっと半分終了。

押入れの天袋から天井裏に潜って行くのだが、腹がつっかえて、フウフウ・・・・。

明日も天井裏の1日。



午後、30分ばかし気分転換に出掛けて来た。裏の通りの街路樹をデジカメに撮ってきた。

先日に比べると、だいぶ散り始めて来ていた。

今日あたりが、一番の見頃。

イブモンタンの「オータムリーブズ」(枯葉)が今にも聞こえてきそうな、枯葉が降り積もった通りを自転車で走った。

しばし、心寂しい秋の季節を唄うシャンソンのメロディーが・・・・・・・・


私の頭も切り替えが大変、・・・・・家に帰って早速蜘蛛の巣の張る天井裏へ。

株価暴落

2008-10-27 | Weblog
今夜のTVニュース、株価暴落と円高のニュースが相当の時間を占めた。

福田内閣が突然政権を放棄し、麻生内閣に代わって早くも1ヶ月が過ぎた。

臨時国会冒頭の解散、そして総選挙とのスケジュールが有力視されたが、米国サブプライムローンに端を発し、リーマン・ブラザーズの倒産から始まった米・金融危機はたちまち世界的金融危機に発展し、日本の今後の政局はいまだ行方知れず。

福田内閣がそうであったように、麻生内閣も然り、1億総国民が乗る日本丸のこれから進むべき確たる未来像はなんら示されていない。

麻生首相は昨日、秋葉原「オタクの聖地」に乗り込み、若者たちに「将来は暗い」みたいな顔するなって。暗い顔しているやつはもてない。もてたきゃ、明るい顔をしろ」と街頭演説をした。

こんな「べらんめー調」の政治家に果たして日本の舵取りを任せていいものかと心配してしまう。

バブル経済絶頂期に日経平均株価は39000円近い値をつけた。

今日の終値の7100円台は1982年来の26年振りの最安値。バブル崩壊後としては、5年半振りの安値となった。

日経平均株価は、日本経済の現状からして17~18000円位が妥当だとすれば、株価資産はこの半月余りで40%以下に暴落したことになる。

ここ数日の円高も日本経済にとっては大打撃である。

1ドル92円の円安ドル高は日本経済を支える、自動車、機械、電機産業などの輸出産業に深刻な影響を与え始めている。

株安、円高、世界経済失速のトリプルパンチ。

いったいこの先日本の経済はいかなる道を辿っていくのだろうか・・・・・・。

 
寒河江市東部より 蔵王連峰を望む
 
寒河江市郊外 石持              自然薯

夕方、2~3用があって市内まで行って来た。

今日も肌寒い天気の1日。

市内へ行った帰り、農産物の産直センターに寄ってみた。

今年も立派に成長した自然薯が並んでいた。早速買い求めて来た。夕飯に湯気の立った暖かい新米ご飯に掛けて食べた。形は悪いが、やはり粘りが強く、甘さがありおいしさは格別だった。

去年のもう少し後、「仏掌芋」のタイトルで同じようなことをこのブログに書いたような気がする。探しても見つけられなかった。

あれから早いものでもう1年が経過・・・・時の経過と、物忘れがどんどん早まって来そうだ・・・・

さァ~、明日からは大工さんの真似事?・・・・がんばるぞォ~


時雨模様

2008-10-26 | Weblog
 
公園にて                         住宅街  だいぶ毛が伸びて来た


朝から灰色の厚い雨雲に覆われ、時々激しい雨降りを繰り返す今日の空模様。

これから冬にかけ、こんな冷たい時雨模様の天気が続く日も、そう遠くない。

午後2時過ぎ、少しばかしの雲の切れ間から青空が顔を出す。

いつもの時間よりかなり早い時間だったが、車で散歩に出掛ける。

私もあと3日ウオーキングは休めない。

 
住宅街
 
公園にて

公園の駐車場に車を止め、暫く振りに工業団地の先にある住宅街まで行ってみた。

街路樹が見事に紅葉していた。

公園の七かまどの樹、先日に比べるとだいぶ色付いて来た。

・・・・・・・と、散歩をしているうちに、またまた怪しい空模様に。

急ぎ、走って車に戻る。・・・・・だいぶ濡れてしまった。

時雨に濡れた身体は、乾きが遅く、寒さを感じる。


ただ今夕方6時、外は激しい雨音が聞こえて来るほどの時雨模様が続いている。



幸生(永松)銅山

2008-10-25 | Weblog

寒河江市幸生(さちゅう)に残る無病息災の願いをこめた伝統の祭り


先日、今は廃坑となった永松・幸生銅山資料展を見てきた。

1611年(慶長16年)江戸前期に発見され、国内有数の銅の産出量を誇った永松・幸生銅山、昭和36年鉱脈の枯渇等で閉山するまでの、およそ350年の歴史資料が展示されていた。

 

 

 

最盛期には3500人もの人々が、山奥深くに出来た鉱山町に生活していた。

新しい鉱脈が発見されると鉱山町は繁栄し、枯渇すると寂れて行く、その哀歓は人生にも似ていて、人々のロマンを誘う。

地底深く、いつも生命の危険にさらされた人達は、固く結びついて助け合いながら生活を続けた。

閉山後およそ半世紀、今鉱山址を訪ねてみると深い草木の中に全てが埋もれてしまい、当時の栄華を偲ぶことは出来ない。

                                            ※一部資料より抜粋

閉山後およそ50年を過ぎ、幸生(さちゅう)は今、戸数30戸?ほどのとして、麓に残っている。

自然豊かな、静かな山峡の地にある。しかし歴史を紐解くと、そんな鉱山にまつわるたくさんの悲哀を生んだ地でもある。

幸生、・・・・・・さちゅう   辿って来た歴史とはまるで正反対の地名。

さちゅう・・・・・私はこの地名の言葉の響きがとても好きだ。


今日、両親は朝からデイサービスに出掛けた。

たまたま息子、娘、親子全員が揃った。

4人で両親の部屋の一大大掃除をすることに。

しかし、いつの間にか息子、娘は午前中だけでいなくなってしまった・・・・残りはやむなく夫婦二人だけで・・・・・・。

夕方4時半無事大掃除完了。ヨカッタ・ヨカッタ・・・・

秋茄子

2008-10-24 | Weblog
 

夕方、近所の農家の方から「玄米漬」が届いた。

嫁に食わすな秋茄子・・・・・というほど、秋茄子は美味しいと言われる。

諺の秋茄子に最もふさわしい食し方、この玄米漬茄子かもしれない。

かなりの手間隙が掛かるそうだ。我が家では作れない。

早速今晩のの肴に。

色、味、香り・・・・これぞ秋茄子でしか食せない美味。・・・でした。

癖のない、意外と淡白、それでいて奥深い?、山形の田舎本場ならではの味。

だから、やっぱり山形はいい・・・・・。

鉄塔

2008-10-23 | Weblog

JR左沢線下り方面      正面、慈恩寺


夕方5時、下り左沢行きの列車が通過して行った。終着左沢駅まで7~8分、すぐに折り返し、五時半ごろ再びこの跨線橋を通り、山形市に向かう。

 
若神子跨線橋                     上り方面

今日は暫く休んでいた障子の紙貼り。この辺りの方言で「さま貼り」という。

さま貼りは明後日まで掛かりそう。少しずつやっておけばよかったと、反省。

夕方4時、今日も犬の散歩に出掛ける。

  

昨日から、工業団地ルートの散歩コース。

このルートは1時間半コース。これまでの倍の距離。

歩く早さは、犬まかせの散歩、私は・・・・今日は鉄塔に興味が・・・・

   

夕方5時を過ぎてくると、家の中でさえ少し肌寒さを感じて来る。

我が家はもう半月前以上からストーブを使っている。

散歩に出掛ける時は、上着を1枚重ね着して出掛けるが、身体はまだ温かな気温を忘れてはいないようで、少しの寒さでもこたえる。

散歩道、相変わらず、めったに歩いている人と出会えない・・・・今日は何人・・・1時間半で4~5人位だったかな・・・・?。


ダリア

2008-10-22 | Weblog


10月21日17時25分 左沢線上り列車       11日前、10月10日同時刻


夕方、日の暮れる時刻が一段と早まった。

写真のように僅か10日あまりで、こんなにも暗くなってしまう。

夕方5時頃散歩に出掛けるが、帰りは真っ暗。先日から懐中電灯を持参して行く。

 

 

 

散歩道の途中、野菜畑の道端に咲いていたダリアの花。



昨日もらったアスパラ菜、あまりにきれいで、昨晩は花瓶に全部飾ったままに。

今朝、お浸しにして食べた。

ひとこと感想→→甘くて、青菜の香り、・・・・? 美味しかった。