廃異不思議探検隊/(SEASON2)

Wast different wonder expedition.(SEASON2)

打ち捨てられた公園

2022-09-06 00:17:55 | 一般探索

皆さんこんにちわ、ご無沙汰していました、色々変化があったもので、数年経ってしまいましたが、シーズン2と言う形で、またブログで復帰しました。

マイノリティーながら廃異探を追っかけてくれていた人達が、またブログで続けて欲しいと言ってくれまして、

やる気(←と言うのも変ですが)好きなものを好きな時に続けて行きたいと思いました。

これからもよろしくお願いします。

さて、以前は、巡回(ドライブ)が日課でしたが、今は、ロングウォーキングにハマっていて、帰宅時に汗を掻いた体にウォーターシャワーを浴びるのが気持ちよくて、毎日やっています。まだまだ残暑厳しいですね。

あら?こんな所に私を誘っている道があります、魅力的です。

 

林に向かって石の階段があります。

苔むしていて、中々魅力的です。

 

木が倒れています。

何かゴミ箱や看板が散乱しています。

 

観てみましょう。

「草や木を大切にしましょう。小鳥を可愛がりましょう。ゴミは必ず持ち帰りましょう。

お願い。ここは皆さまの公園です。お互いに次のことを守りましょう。」

と書いてあります、と言う事はここは公園ですね...

 

ゴミ箱を確認します。

 

錆びてボロボロになったジュースの缶やファンタグレープの昭和缶がありました。

三ツ矢サイダーの缶も今より古そうです。

底の土に埋もれている古い缶も見受けられたので、20年~30年前のゴミではないかと思います。

先程の年季の入った木の看板と底抜けゴミ箱と内容物を推察し、放置されて30年程度ではないでしょうか?

 

と言うことで、ご覧ください。

辛うじて、道が確認出来ますが、いつもの公園には見えません、ただのいい感じの林です。

 

石の階段が下りているのが判ります。

 

下から斜面を上方に見てみると

これはこれで素敵な景色です。

 

ここは割とハッキリ階段が判ります。

遺跡の様です。

 

中央にゴリラの様な石がいます、可愛いモンスターが沢山いる様です。

人は、人っ子一人いません。(汗

 

モフモフさん達が沢山います。

 

道が続いています。

先で消失していました。

 

白髪ねぎの様で美味しそうです。

 

そう言えばここは富士の樹海に似ていますね。

 

道が左へ続いています。先は階段状になっています。

 

この階段は古代遺跡の様です。凄くいいです。

 

境界柱ですか?苔の毛皮を纏って、お洒落ですね。

自然林散策遊歩道公園と言った感じでしょうか?

ここにこんな場所があるなんて、ふつう気づかないでしょう。

70位の方から聴いた話によると、バブル以前は、観光地や避暑地で、結構賑わった時もあった様です。

溶岩の上に雑草が生えて、木が生えて、落ち葉等が岩にかかり、またそこから草や木が生えて、林を形成するのですね、勉強になりました。

※新しいブログの為、まだ編集に慣れていないので、かたよったりします。^^;でもこのブログは写真を見ながら書けるし画像upが早いので作成し易いです。

(CAMERA/SONY α NEX-C3/投稿:キャプテンハヤト/撮影のまま、画像編集はしていません。)


富士ヶ嶺公園(オウム事件・慰霊碑)

2020-11-04 14:45:00 | 一般探索


 ネット地図で場所の確認はしたものの、広大な高原に案内看板も民家もなく、分かりずらく、農道を行ったり来たり
 地元の方に尋ね様にもなかなか見かけない、声をかけても「そんなとこ行かないから分からない」「シラネ」等と如何にももう「事件の事は忘れた、触れないでほしい」と言った雰囲気です。「いやぁ分かりずらいなぁ」
 ようやく電気作業者の方におおよその場所を聴く事が出来たので、向う事にします。
 この時「一軒、近くに食堂があり、そこで情報が採れますよ、料理もとても美味しいから行ってください。」と強く勧められました。(笑)

 当時は、山梨県西八代郡上九一色村、現在は山梨県南都留郡富士河口湖町に変わっています。
 オ○ム真理教の拠点があった区域です。

 オ○ムと言えば、地下鉄サリン事件、松本サリン事件、坂本弁護士一家殺害事件等が有名です。
 "日本シャンバラ計画"や"ハルマゲドン"で地球が滅びる等と言っていたり、当時有名になった言葉が"空中浮遊"洗脳装置"ヘッドギア""ャAする"等です。
 ャAとは、麻原が単なる殺人を「現生に居ると悪業をし地獄に堕ちるので、殺害してより高い次元へ転生させる」等と言った、殺人を正当化する為に使用していた用語の様です。




 途中に墓地があったので、降車して辺りの景色を見渡して観ると、前方に開けた場所があり、公園ぽいので行ってみます。




 富士ヶ嶺公園、出入り口

 辿り着きました。

 進入すると車が5~6台程止められる駐車場が整備されています。

 私達が訪問した時は、ゴミ収集車、営業車が休憩しており、乗用車(朝○新聞関係者)とバイク(見学者)がいらっしゃいました。




 散策開始します。

 自販機等は当然ないですが、水道があり、富士山の地下水で冷たくて美味しい。




 この公園は、オ○ム教団施設"第一上九"の第二、第三、第五サティアンがあった場所です。

 第二サティアンは、当初、麻原彰晃一家の住居で、後に愛人ダーキニーが住んでいた様です。
 地下には、人を消すマイクロ波焼却炉がありました。

 第三サティアンは、作業場や物置でした。

 第五サティアンは、教団の印刷物工場でした。


 地面がコンクリート?になっている場所があります、サティアンの遺構でしょうか?!

 全て解体された様なので、遊歩道でしょうか?

 草むらにアウトドアをした痕跡がありました、こんな所でよくやるなぁ。




 信者にLSD、覚せい剤、メスカリン等の幻覚剤を投与し、幻覚症状を起こさせ、教祖の霊的エネルギーを授ける儀式だとか、キリストのイニシエーションだと称していた様です。

 前方に東屋がありますが、バーベキューをした痕跡があり、道具、ゴミ?が放置されていました。
 こんな所でやるのは十歩譲って、ゴミは持ち帰ろうよ。




 柱が打ってあります、世界平和、may peace prevail on earthと書いてあります。
 そうですね、現代は、核の恐普A軍事技術競争が激しく、行きつく先は第三次世界大戦です、もう既にサイバーで始まっているとも言われています。




 先に石碑がある様です。

 慰霊碑でしょう。




 慰霊碑のある辺りは、第二サティアン秘密地下室、焼却炉(マイクロ波加熱装置)があった場所で、信者等関係者をリンチ殺害し、第二サティアンへ運んでは、マイクロ波焼却装置で焼き、残った骨も硝酸で溶かし、近くの湖へ捨てる等、証拠隠蔽していたとの事です。
 一般の電子レンジの5~10倍の加熱力があり、短時間で粉になってしまったとのことです。




 トイレの裏側を観てみます。
 左側は石垣になっていて、高さもあります。




 開けた原っぱになっています。

 自然いっぱいで良い景色です。




 公園内で出会った方と少し会話をしました。

 男性に挨拶をすると「あなた意外と事件のこと知ってますね?ただの観光客ではなさそうですね?こんな所に一眼レフ首から下げて態々来るなんて"普通の方"ではないですね?(笑)」と言われ、その方は「実は私、名古屋の方から来まして、朝○新聞で、安倍総理に関して記事を連載していたり、政治関係の小説を出版していたりします。今日は、お盆で妻の実家に来ていたのですが、近くの墓地に墓参りに来ました、ついでにいつもこの公園に寄るのです。私の身内には被害者はいませんが、事件当時は、毎日相当な数の記者やテレビが来ていて、この牛しかいない様な長閑な高原が清里の様になっていました。これから名古屋に帰ります、妻を待たせているので、また。」と別れました。




 下の野原へ下りて、公園側を観てみます。
 当時から崖になっている様です。

*富士山の麓で広大な自然があり、空気も良く、景色も良い場所です。
 当日は晴れている昼間の訪問でしたが、ほぼほぼ訪れている人がいなく、静まり返っていて、何となく寂しい雰囲気でした。
 そっち系の人が「長い時間は居ない方がいい、地下から湧いてくる負の波動に染まるから」と言っていました。なのでそろそろ撤収します。

 死刑執行囚十三名
 麻原彰晃(松本智津夫)平成30年07月06日執行
 早川紀代秀 同、井上嘉浩 同、新実智光 同、土谷正美 同
 中川智正 同、遠藤誠一 同
 岡崎一明 平成30年07月26日執行、横山真人 同
 端本悟 同、林泰男 同、豊田亨 同、広瀬健一 同。


 おまけ画像



 せっかくなので、負の念が籠っていないか、公衆トイレの中を調査してみましょう(笑)失礼ですが、床と便座が茶色く汚れており、蜘蛛の巣も張られ、臭くて、薄気味悪かったです。




 藪の中にこんな看板が立っていました。
2018/07/23

あわしまマリンパーク(沼津市)の廃ゴンドラNo.1

2020-04-01 00:45:00 | 一般探索



 前回、あわしまマリンパークの廃ゴンドラNo.2(2号機)の記事を投稿しましたが、今回は縁あって、No.1(1号機)がひっそりと第二の人生を送っている?とのことなので、早速調査に行って来ました。




 横
 本当に在って驚きました。
 中から”バカ殿様”が出てこないかな(笑)




 反対側前
 板張りが残念なところです。




 横
 No.2より、傷んでいる様子です、でも57年前の物ですから、状態は良い方だと思います。




 「金波」と書いてあります、意味を調べたところ”水面に日光や月光等が映って美しく光る波”とのことなので、このロープウェイが現役の頃(2008年停止)は、乗客が淡島の景色、下にはキラキラ輝く波を見ながら楽しんだのでしょう。(2017年秋解体開始)




 穴が開いていたので、そこから車内を撮影させてもらいました。(私じゃありません(笑)
 電車内の様で、レトロな感じでいいですね。
 倉庫に使われている様です。




 規格プレート

 自重3300kg

 最大乗車人員 51名

 製造年月 昭和38年7月

 車両番号 NO 1

 1963年製、今から57年前で、車両ナンバー1です!

 No.2のゴンドラ内のプレートに”大阪車輌工業”と表記されていたので、大阪で製造して運搬したのでしょうか?大鰍ゥりだったのですね!




 足ですが、輪っぱ(笑)が付いているので、駅に着いて停車する際、壁に接触するところなのでしょう。(笑)




 家紋?で思い出しました、このゴンドラは大名駕籠を模してあります、昨今淡白な(モダンな)デザインのゴンドラが支流ですが、大名駕籠とは大胆不敵ですね(笑)
 ちなみに、このゴンドラは、現在のあわしまマリンパーク時代の物ではなく前身の”淡島海洋公園”時代の物の様です。
 今は閉業が決まったら、速やかに解体撤去されて、処分され、往時を懐かしむ暇なんてないですが、昔はいつまで経っても放置されていて、廃墟になっていました。そんなことからも貴重な過去の遺物ではないでしょうか?
 私が最初の一機に出会ったのも偶然で”なんだつぃみわ!”と言った感じでした、そしたらゴンドラさんが”カラスのかってでしょう!”と言う感じで、調べたら、淡島の遺物で、そして二号機に辿り着き”だっふんだー!”と驚きました。(笑)
(sony α NEX-C3D/画像編集なし/投稿:キャプテンハヤト/20190907)


陸軍少年戦車兵学校跡9(外伝)

2019-06-15 18:06:00 | 一般探索
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 戦車学校から大分下った町に少年兵が事故で殉職した場所があり、石碑が建っています。







 故陸軍生徒大池好道殉職の碑

 昭和十八年三月十一日二十時殉職

 広島県三原市西野村

 陸軍少年戦車兵学校
 flag1







 神戸(ごうど)橋、神戸交差点になっています。




 結構大きいと言うか深い川ですね。
 川の名称は、滝川と言います。




 演習からの帰舎途上、戦車が川へ転落してしまい、乗っていた生徒が亡くなったそうです。
 亡くなったのは一人だけなので、車内にいた操縦士達は大丈夫だったのでしょう。
 当該生徒は、ハッチから身を出していたのでしょう。17才だったとの事、まだ子供じゃないですか、可哀想に。

 意外と高さがあるんですよね。

 富士山側から村内を下ってきた(戦車学校方面から)のですが、今でも坂道で蛇行しているし車幅が狭いので”ここを戦車が通っていたのかー、難所だったのだろうな”と思いました。
 操作を誤って崖から落ちたのか、橋から脱輪して落ちたかでしょうね。
 鉄の塊ですからね。。







 川へ下りる階段があったり、紫陽花が植えてあったり、整備されていて、以前は散策できた模様、もしかしたら、今は河川整備工事(道路工事?)で変わってしまったが、昔は滝(淵)が在ったのではないでしょうか?今は出入り口が施錠されていて入れなくなっています。




 意外と荒くれていて、豪快な淵なんです。大雨の時は激流になる様です、迫力がある景色なので、下からも観たかったです。
 ちょっと話が逸れました(笑)古い土木の構造も割と好きなので^^;

 戦争は、戦闘だけではなく、訓練中の事故で死んだり、病気で死んだり、色々な犠牲者が出てしまいますね。
(P3以降は2019/05/19~06/14調査)
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陸軍少年戦車兵学校跡8

2019-06-11 23:18:00 | 一般探索
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 ・陸軍境界柱の確認は無理💧(笑)



 軍杭が草むらに埋もれ残っている様だと聞いたので、探って観ましたが無理(笑)
 代わりに珍しい物がありました、国と標示された建設省の杭です。




 国有地が残っているのですね?!こんなの見るの初めてです。




 ここにもあります。


 ・上井出小、南側



 消防団の詰め所ですが、建物を観ると、当時の物を改築して流用している様ですね。

 半鐘(火災や危険が起こった際に知らせる釣り鐘)があります、相当古い物です、当時使っていたものでしょうか?!


 ・第一中隊のあった辺りですが



 当時の建物を再利用しているのかもしれません。



 注)使用されています。


 ・材料廠車廠






 いやぁ、この木造の景色たまりませんなぁ(笑)



 水槽、洗い場でしょうね



 しかし戦時中コンクリートが貴重な時に贅沢にぶ厚く使った作りですね(笑)




 会釈しただけで、聴取していないので、詳細は不明ですが、これら木造の建物は当時の物でしょう。

 注)倉庫住居として使用されております。


 練習用具庫の辺り



 倉庫

 当時の建物ではなく、当時の建物木材を使用して作ってあるとおっしゃっていました。

 注)倉庫として使用されております。




 洗い場でしょうか?




 水槽ですね。

 側に弾薬庫がずっと残っていたが、撤去されたと言っていました。

 注)畑です。


 ・演習で出来た穴



 この道を行くと「演習で出来た穴がまだボコボコ残っている。」とのことなので、確認に行きます。



 時期的に植物が育って来ているので、発見が難しいが、それらしき跡が幾つかあった。



 炸裂痕だろう、大体5m程度、50、60cm位の斜面で、窪地ができています。
 大きさからはんだんすると、噂どおり、火力は小さかった様子。



 昔は、度々薬莢や不発弾が見つかり、それを収集家が拾って、解体中に炸裂し、手や腕等を失った事故があったそうだ。



 何らかの方法で、破裂させて遊んだそうで、パーン!といい音がしたそうです。







 注)市の土地と私有地です。



戦車兵学校の参考動画を貼っておきます。
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