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世間では、新型コロナとインフルの同時流行が懸念される今日この頃。
一方で、駅には平日も休日も関係なく、キャリーバッグを引く人が行き交っています。
金曜日の朝の新幹線は、ビジネスマンではなく幅広い世代の老若男女でした。
全国旅行支援、恐るべし。
そんな中、今年3度目の横浜へ、今回は伴侶を連れて行ってきました。
なお、伴侶はワクチンを打っていないので旅行支援の恩恵はありません(^^;
旅行を決めたのは、旅行支援の話が出るよりも前のこと。
それをあてにしていた訳ではないのですが、旅行代金の割引額を思うと多少の悔しさは残ります。
朝9時台の新幹線で広島を出発。
12時半頃に富士川を通過したのですが、富士山は雲の中に。
静岡駅を通過した辺りでは、雲がなくて山頂まで見えていたはずなんだけど。
13時頃、新横浜へ到着。
桜木町駅からすぐの場所に宿を取り、荷物を預けて遅いお昼ご飯。
横浜市役所内にある丸善のカフェでハヤシライスをいただきました。
メニューを見て「早矢仕ライス」をすぐに「ハヤシ」と読めなかった(笑)
14時半頃、馬車道駅から元町・中華街駅へ移動。
銀杏の臭いが漂う通りを渡ると、ガンダムファクトリーが見えてきました。
今年の1月に来た時よりも、明らかに人が増えています。
チケット売り場に行くと、まだドックタワー観覧に空きがあるとのこと。
迷わず購入しましたが、時間は最終回の19時から。
今から入ると、中で4時間は待たなければいけない計算です。
そこで、チケットだけ入手して、入場せずに付近で少し時間を潰すことに。
いい機会なので「氷川丸」を見学することにしました。
もう何度も横浜を訪れていながら、何故か一度も中に入ったことがありません。
2019年7月に来た時は、閉館時間を過ぎていて入れませんでした。
たいてい何処かへ出かけた帰りに立ち寄るので、最終入場に間に合わないんですよね。
今日こそ見るぞー。
氷川丸は、日本で戦前に建造された、現存する唯一の貨客船。
引退後は観光船として係留され、レストランや宿泊施設などを営業。
その後、船内は竣工当時の姿に近いものにリニューアルされ、今の姿になりました。
一等客室や特別室の様子は、戦前の写真や資料を元に再現したもの。
豪華だけど、そこはやっぱり船の中ということでコンパクトな造りになっています。
壁にアール・デコ装飾が施された、モダンな社交室。
客船にしては控えめな大階段。
豪華客船に見られる大階段は、それ自体が客の社会的階層を象徴するものだったのだとか。
氷川丸の場合、階段のあるAデッキとBデッキはどちらも一等船室なので、そういう意図はなさそうです。
オープンデッキからはガンダムが見えました。
横浜からシアトルへの船旅を資料と写真で展示するコーナーもありました。
当時、シアトルまでの航行日数は13日間だったそうで、意外に短い?
操舵室に神棚があるところが、日本らしいですね。
氷川丸の名前は埼玉県にある「氷川神社」に由来していて、神棚には氷川神社の御祭神が祀られています。
レバーのついた体重計みたいなのは「指示器」と呼ばれる装置。
航海ブリッジから船内の甲板員や機関員などに指示を伝えるものだそうです。
その横にあるラッパみたいなものは伝声管。
声でも指示を伝えるのでしょうか?
救命艇も展示されていました。
これを見ると、映画「タイタニック」を思い出します。
ちなみに、宮島に渡るときに乗るフェリーの事故対応訓練を見ると、救命艇の記載はありませんでした。
車両火災を想定していて、訓練は初期消火と避難誘導がメイン。
救命胴衣を着て海へ飛び込んだり、ボートに乗ったりということはなさそうです。
見学は30分で終了。
広島に生まれ育ったので、子供の頃には良くフェリーで四国へ渡っていました。
だから、船自体はそう珍しいものではないんですよね(^^;
そうは言っても、経産省の日本近代化産業遺産で国の重要文化財。
貴重なものを間近で見ることができて良かったです。
15時になり日差しが夕方の色を帯びてきたので、明るいうちにガンダムへ移動しました。
(つづく)
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