タイトルは、「あの人に食べさせたいな」です。
こんな気持ち、あんな気持ちで美味しくなるのでしょう。
今日のタイトルは、「味付け」です。
今日の朝早く、川崎に行きます。
義兄の家の片づけの段取りを決めるためです。
家一軒の片づけは容易ではありません。
だけど、気分は軽い。
休み前だからなのか。
妻も一緒に行ってくれるし、息子も手伝ってくれる。
一つずつ片付けるしかないと、覚悟を決めたからでしょう。
さて、タイトルの「味付け」について書きます。
亡きかみさんは関東人、私は関西人。
結婚して、自分たちの「味」になるまで一年かかりました。
地域の違いではなく、かみさんは料理をしていなかったんじゃないだろうか。
と今頃気づきました。
同じく、味をみる私は美味いものを食べていなかった。
かみさんは知識を得ながら、料理が上手になっていったのでしょう。
そして、練習を重ねて結婚後一年で食べられる「味」になった。
それから何十年も経ちました。
自分のお金で、会社の経費で美味しいものをいっぱい食べました。
出張で海外にも行きました。
世界の味どころに連れて行っていただきました。
今は、カフェをやっています。
コーヒーは、自分たちが美味しいと思う淹れ方を続けています。
旬の食材でお任せ料理を作っています。
味付けは、妻の役目です。
私は、味見をします。
自分が作った時は、妻が味見をしてくれます。
こんなものじゃないとお客さんに出します。
お金をいただくから、毎日「味付け」と味見が続きます。
定番料理は、一年前より美味しくなりました。
一年前より、料理のレパートリーは広がりました。
妻は、初めての料理に挑戦し続けています。
もう少し甘い方が辛くしたらなどと、私は直感で味見を続けています。
切羽詰まって練習を重ねるから料理は上手になる。
この辺りの料理自慢の味をみさせていただきます。
美味しいね、どうやって作ったのと私達は尋ねます。
「味付け」は、いつも適当と言われます。
適当とはいい加減ということではありません。
美味しい味になるまで作り続けてきたから、ひと言で応えようがない。
お袋の 味も初めは ど素人
2018年9月11日