
絵のタイトルは、「跳べよ未来へ」です。
立川駅前で見ました。毎日飛行機のことしか考えていなかったはずです。
いつも悩む。
今日のテーマ「毎日書く」ことです。
毎日書く効能や心がけ(動機)について、過去何度も挑戦しています。
今日は、「毎日書く」そのものについて考察します。
毎日書いていると、それほど大変な作業ではありません。
夏休みの宿題の「読書感想文」より、楽な作業と言えます。
食事や排せつと同じです。
ただ、書き手のトーン(考え方や話題)は日々創る料理の味付けと似ています。
和洋中と料理には幅があります。
和のテイスティングは、出汁からとなります。
出汁がいつも共通と言えるのです。書き手の生きざまです。
読まれることを前提として書いています。日記と違うところです。
大変さ故、挑戦できる。毎日書いていると、作業をしながら考える癖がついてきます。
キーワード探しが早くなり簡潔になる。
キーワードがタイトルにもなり、その範疇を逸脱しないよう真剣になっていきます。
読者の便宜を計り、「タイトル」をつけています。自分への挑戦でもあります。
毎日書くからよいとも言えます。
空ぞうきんをさらに絞り上げるような作業です。
搾る手も痛い。もう出ないと毎日繰り返す。
マゾ的行為かもしれません。
人間の脳は無限です。絞っても絞っても出てくるのです。
身体の状態がいつも違うように、気持ちも考え(気持ちへの対処)も日々異なります。
実に複雑で単純です。複雑なのは生きざまで、抽出されるもの(単純さ)がタイトルです。
同じ話を何度も聞かされる。
私も同じです。きっと同じ話を何度もしているし、聞いています。
待てよ。
同じ話の入り口と出口が毎回異なることに気づきました。天候がことなるように毎回違います。
同じ話に趣を感じるようになりました。
この地域では、語尾に「ぱい」と「っぺ」を使い分けます。
「ぱい」は、「こういうことでしょうか」と先輩への謙譲の意味合いを含んでいます。
「っぺ」は、同僚や友達と気軽にかわす会話です。
移住者だから気づいたとも言えます。
毎日書くことがすべてです。
昨日感じたことは、今日は書けません。
それほど人間は繊細と言える。
ブログと小説の違い。
ブログはどこまでも個人の見解です。
小説は、主人公が勝手にしゃべり始める。
個人が書きながら、主人公だったらどうするかと第三者的な眼になります。
予測不能な展開が書けるのも小説ならではです。
絵画も音楽も同様でしょう。
絵画なら、線探し色探しが基本です。
音楽なら、心地よい旋律がリズムとなるようなものでしょうか。
どれも「こうだったらよいな」の展開が作者の意図せぬ想いです。
毎日書くからよいのです。
毎日ご飯を食べるように、毎日心の渇きも飢えも異なります。
それを忠実に書き留める作業です。ほんの30分の練習(綴り)にすぎません。
貯めてできることとは違うのです。
ほぐせたな 毎日凝るを 歩き出す
2020年6月16日
<<参考記事>>
2019年2月14日投稿記事「文章を書く(Part2)」では、
人と話せないなら、自分と話す。
過去の自分でもよいし、未来の自分でもよい。
自ら思うことを文章にする。
これが、孤独から脱出する第一歩です。
(記事より抜粋)
2016年8月28日投稿記事「常に真剣」では、
頭で考えた痛みなんて、張り手一発に遠くかすんでしまいます。
私は、嘘のような本当のこと、本当のことのようで嘘八百を毎日書いています。
しかし読まれなければ伝わらない。
(記事より抜粋)
2016年4月30日投稿記事「何が嬉しい」では、
私は、変人が歴史を作ると信じています。
お利口さんは、誰もが認め予測可能です。
きっとやってくれると期待通りの成果を出してくれます。
変人は、予測不能です。笑われることもあるでしょう。
負けないで自分を信じて、一生懸命意味不明の回答を出し続ける。
この「自分を信じて」が意味するものは、この人は「自分のものさし」を持っている方ということです。
「世の中のものさし」とは違います。素晴らしい。
(記事より抜粋)