故郷へ恩返し

故郷を離れて早40年。私は、故郷に何かの恩返しをしたい。

呆け防止

2021-12-08 07:59:06 | よもやま話

原爆投下三日後、この電車は走り始めた。
生き残った女学生や主婦が教えられたとおりに動かした。
今では、路面電車を廃止したドルトムントや京都を走っていた電車を譲り受け走らせている。
そして、電停から同じ高さのステップに乗り込める。


ススキ原 あばたもえくぼ 誰や好き

藤沢周平の作品に古武士の話がある。
普段は、縁側で鼻水を垂れ、嫁に拭いてもらっている。
強い謀反者の討手に藩内で古武士が推挙された。
その日から、夜ごと天狗が疾駆する。
そんな物語であった。
結末は、省略しよう。

今日のタイトルは、「呆け防止」です。
転職と転居を繰り返した。
伊藤忠に入社した夢を見た。
かつての転職先の面々がちらほらといる。
東北の市役所の者もいる。
どの方も口をきいてくれない。
館内すべて禁煙のはずであるが、机の上には堂々と灰皿が置いてある。
何が主たる仕事か分からない。
個性的な集団は、まとまりがない。

目的地のインターチェンジに入れないまま東京の環状線を何周も走っている。
駅で何度乗り換えても、元に戻る複雑な大阪の地下鉄である。
視界に見える場所に行きたいが、いつまでも辿り着けない横浜山の手である。
どれも夢である。

度重なる転職と転居がストレスとなったのか、夢で不思議を毎夜体験する。
今や、ブログを書く主たる目的は、「呆け防止」となった。
忘れた漢字を思い出し、複雑に入り組む心のひだを一枚ずつ剥がしている。
今しか書けない自分の感性を文章にする。

故郷の畑は森になっていた。
手つかずになってから30年以上は経っている。
市役所の方が二人訪ねて来た。
ちゃんと住み始めたかな。
パンはまだ焼けないのかな。

東北、信州と関西の国道を車を走らせた。
紅葉を追っかける旅である。
辿り着いた故郷は紅葉の真っ盛りであった。
耕作放棄地が森になり、紅葉が山からエンドレスとなり海に落ちている。
「嘆くなかれ、遠くの景勝地に行かんでも、ここに素晴らしい景色がある」
と市役所職員に伝えた。
親父たちには申し訳ない想いである。
「耕作放棄地の森に散策路を付け、ついでにミミズを養殖し猪に耕してもらおうか」
市役所職員は、「そんな馬鹿な」という顔を見合わせた。

見る夢で、頭の中はぐちゃぐちゃである。
何かをせえと言っている。
一つずつしかできない。
天狗となって疾駆するまで生きられるかな。

2021年12月8日
コメント
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