
絵のタイトルは、「島の景色」です。
こんな景色が見たいから、雑木を伐り草を刈っています。
耕作放棄地や島の山の道路は、壁のようになり絶景が隠れています。
取り払って、素敵な景色を見たいだけです。
長老から松の剪定を頼まれた。
息子に頼んだが、上だけ切り残した。
補修してほしい。
息子ができなかったものが、私にできるかなと思うもののお請けした。
今日のタイトルは、「剪定」です。
庭(5mx10m)には、10本ばかりの木と垣根がある。
庭木は、松、くろがねもち、ソテツ、さるすべり、つつじ、さつき、椿と蠟梅である。
垣根は、杉、檜、べにかなめ、金木犀とまさきである。
庭師が植えた木とも思えなく、乱雑である。
石が庭を囲むように配置され、金がかけられている。
東大宇宙研卒で、JAXAの理事長をした息子が金を出したのだろう。
5年ほど放置された庭を再生(自分達流)するのに、2年かかった。
1週間かけて剪定した枝は、軽トラに山盛りでした。
再生した耕作放棄地に持っていく。
今は、乾燥しているので、雨が良く降るようになったら焼くつもりです。
父は、2000本の蜜柑を2年かけて1町歩の畑に植えた。
灌漑設備用パイプを全畑まで配管(水用、薬用)した。
養殖を始めたばかりの蠣業者に行き、コンテナいっぱいの蜜柑と蠣を等価交換した。
植えて、10年もしないうちにグレープフルーツ自由化で、蜜柑の値は暴落した。
今は、蜜柑の9割は枯れ、べにはっさくに転作した10本ばかりが残っている。
放置され、惨憺たる様であった。
蜜柑は、3年で枯れるが、八朔類は強かった。
蜜柑は実をたわわにつけ、養分を送り続ける親木と共に2年で枯れてしまう。
蜜柑は実を落とせないが、八朔は生き延びるために実を落とす。
届く範囲(2.5m)まで伸びた枝を切り落とし、葉が擦れ合い、光が届かない枝を切り落とした。
剪定した枝も、軽トラに積んで耕作放棄地に運んだ。
実家の庭も、家を隠すような壁となる木々で埋もれていた。
2週間かけて、剪定した。
これも実家の耕作放棄地に運んだ。
2年前に移住し、今はいない人の耕作放棄地の雑木(2反歩)は、3か月かけ切り倒し、1か月かけて焼いた。
出てくる新芽は刈り続け、根はいまだに掘り起こしている。
家を買ったら、不要なおまけ(畑と山)がついてきた。
戦前・戦中山のてんぺんまで芋と蜜柑が植えられていた。
山の畑は、猪が棲み、葛の根を掘り返し、クレーターだらけであった。
葛をはがすように伐り、雑木を切った。
他人の畑もついでにやった。
土砂崩れの原因となるからだ。
今年も続きをやらなければならないが、手が回らない。
年寄りがもうできないと、畑の管理を任された。
レモン、びわ、李、柚子の木とキウイが植えられていた。
どれも、これ以上伸ばせないと切り刻んだ。
1週間かけて、剪定した枝を焼いた。
「剪定」なんてかわいいものではなかった。
伐採・開墾のたぐいである。
おかげで、適した道具が増え、技量も上達した。
腕を見込まれ、耕作放棄地の雑木伐りと草刈りを依頼される。
誇り高き持ち主は、病気や加齢でもうできない。
お礼は、私のガソリン(アルコール)となる。
いつまでできるか、解らない。
アルコールが飲めるうちは、やろうと思う。
耕作放棄地の草刈りは、早春から晩秋まで続く。
2023年8月19日