

来たよ、来たよ。
とうとう、晩秋になりました。
一枚は、昭和記念公園の紅葉の落葉。
そしてもう一枚は。ぼたんの雪囲いです。
どれも楽しまなきゃ。と描きました。
今日のテーマは、「あっちを立てれば、こっちが立たず」です。
こうだったら良いな。と妻がいう。
それは、ほとんど「やれ」という意味なのです。
一緒になったころは、願望であったはずです。
いつのころからか、プレッシャーに変わってきた。
日々追われる毎日です。
農業をやれば、気にかかることが増えてくる。
あれもこれもと、つい頑張ってしまう。
身体が悲鳴をあげる。
先輩が、ゴルフがてらに遊びにくる。
この機を逃したら、家の片づけはしばらく行われないことになる。
家の中は、「とりあえず」の結果、散乱である。
置くべきところを決めていないのがこのようなことになる。
妻は、「やりたい」を追っかける。
夫は、「しなきゃ」と片づける。
日々この繰り返しです。
どこかで終止符を打たなければならない。
先輩が、年30回も来ていたころは、家は割と片付いていた。
今年は、数えるほどになった。
先輩の訪問回数が少ないほど、家は散らかっていく。
ならぬものは、ならぬ。と会津っぽのように開き直りたい。
カフェの洋ランの株分けをした。二鉢が十鉢になった。
寒くなったので、蔵の中に入れてやりたいと思いきや、
どの鉢も株が増えて、根がぎっしり詰まった状態になった。
これが終わると、花の植え替え(パンジーと花かんらん)である。
そんなとき、
「枯葉を集めて腐葉土を作ったらよいな」と妻が言う。
私は無言となる。
料理、洗濯、片づけとできる人がやることにしている。
我が家にルールなどない。
気にかかる人がやることになる。
気にかかっていた片づけは、とうとう今日になってしまった。
寒くなる前に外のことを、寒くなったら中のことをしよう。
年末行事の大掃除まで引っ張ることにした。
できぬものは、できぬ。
エンドウ豆の種をもらった。それも20粒ずつ2種類も。
春先にトラクターでうねる(耕す)ためには、
余った端っこと考えると、カボチャ植えた跡地しかない。
必然的に、かぼちゃのつるを片づけなければならない。
その前に、先輩と一緒に柿を収穫する予定である。
これを、数日のうちに片づけなければならない。
あっちを立てれば、こっちが立たず。
霧に霜 十二単(ひとえ)も 追い立てる
2018年11月9日
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