1969/04/09に生まれて

1969年4月9日に生まれた人間の記録簿。例えば・・・・

救急車で運ばれた

2006-03-15 21:30:41 | 雑談の記録
昨年の8月頃からPTAやらナンやらで忙しくなって,それまでテーキ的にやってたトレーニングをやらなくなった結果,運動不足がもとで,秋口のスポーツシーズンに頚椎を痛めてしまって,以来,手のシビレやクビの痛みが続いていたワケだけど,ようやく治ってきたなと思って,最近またトレーニング(ジョギング)を始めた。

それで,今日は仕事を早く切り上げることができたので,一旦帰宅してから県立大学のグランドに走りに行ったんだけど,家に戻ると,カミさんが慌てた表情で口早にしゃべりだした。

聞けば,祖母さんがイスからズリ落ちて床に腰を打ち付けてしまって,様態がどうも悪そうだったから,先ほど救急車で病院に運ばれたと言う。

実は,ボクんちは完全2世帯住宅で,1階に92歳の祖母さんと父母が住んでいる。2世帯住宅とは言っても,昔からイロイロあって両親とは関係がヒジョーーーに悪く,殆ど会話もしない状態が最近も続いている。けど,週に一度くらいは,両親がいないときを見計らって,ボクは祖母さんの部屋を訪問し祖母さんの愚痴に耳を傾けたりして,そんなボクの訪問を祖母さんはいつも楽しみにしていた。

うちの両親はずっと共働きだったから,子供の面倒は殆ど祖母さんがみていた。幼稚園の頃,雨の日のお迎えはいつも祖母さんで,当時は,そんな祖母さんを疎ましく思ったりしたけど,小学校の頃,剣道を習っていたときの付き添いはいつも祖母さんで,断食道場に入門させられて,ヒモジイ思いで家に帰ってきたときにゴハンを作ってくれたのも祖母さんで,それを泣きながら食べたことを親には話さないでと約束したことをちゃんと守ったのも祖母さんで,親が不仲になったときに子供を一番心配したのも祖母さんで,親の不仲がもとで東京の叔父に身を寄せたのも祖母さんだ。祖母さんは戦争もくぐりぬけ,戦後,戦争犯罪人になって無職になった祖父さんのかわりに小さな質屋を興して,二人の子供を大学までやった。

そんな祖母さんが救急車で運ばれた。

明日,見舞いに行ってみようと思う。
コメント
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