【宇城地方の景行天皇伝説】
〔豊村(宇城市松橋町豊福)〕
景行天皇18年5月 葦北を船出されて着岸した八代県の豊村は、宇城市松橋町豊福、旧豊福村との説があります。また、豊福地区には「白毛熊」、「微雨」、「心吉」という小字があります。
天皇の軍隊が上陸して東に1kmほど進んだ頃、短い夏の夜は早々と明け始め、そこを後日「白明隈」または「白曙隈(しらげのくま)」と呼び現在の「白毛熊」に。そして、一陣の風に乗って微かな時雨が通過したためその地は「微雨」。さらに夜明けに大休止をとった時、爽やか朝の海風が吹きわたり、天皇が思わず「快し」と仰ったことからその地は「心吉」と名付けられと言われています。
『熊本県地名大辞典』角川書店 昭和62年
史跡「心吉(こころよし)」説明板
史跡 心吉
〔木崎神社(宇城市三角町里浦)〕
三角町の里浦に木崎神社という小さな神社がありますが、「きさき」という名は、景行天皇の后(きさき)が巡幸中に亡くなられて、この地に葬られ、それを祀ったことにちなむとされています。
三角町史編纂協議会専門委員会『三角町史』三角町役場 昭和62年
木崎神社の石碑
〔鈴島(宇城市三角町前越涼島)〕
前越の海岸から約300m沖にある小島ですが、干潮時には砂州が現れて陸続きとなります。「鈴島の勝景」と呼ばれ、景行天皇が御船を停められてその光景を愛賞されたといわれています。
『宇土郡誌』宇土郡役所 昭和48年
〔三角港(宇城市三角町)〕
景行天皇の九州巡幸の際、御座船の停泊があったと伝えられています。
宇土郡役所『宇土郡誌』1921年
熊本県土木部河川港湾局港湾課『三角港』
〔御手洗水源(宇城市三角町波多)〕
御手洗神社の湿地から湧出して池となっています。景行天皇が九州巡幸の際、三角に停泊しこの水を利用したという伝説があります。また、御手洗神社の横には巨岩があります。これらは、古代の人々にとって原初的な信仰の対象となった「磐座」であったとしても不思議はありません。もし、そうだとするならば、村人がこの地から湧いた水を景行天皇に献上したのは当然のように思えます。
なお、こちらの水源は「熊本名水百選」に指定されています。
『水の国 くまもと』Webサイト https://www.kankyo-kumamoto.jp/mizukuni/kiji003143/index.html
水源横の磐座
〔御手水(おちょうず)宇城市三角町御手水〕
三角岳の山腹から湧出して流れ下る水を、景行天皇が御手水とされたことに因んだ地名とされています。
『宇土郡誌』宇土郡役所 昭和48年