平和への希い


 
  積極的平和主義とは、世界のすべての国が、日本
  の平和憲法を掲げる努力をすることです。

平和への希い189   人を救うはずの宗教・・・ああ・・・       2015.11.28.

2015-11-28 09:58:21 | 日記
平和の希い189  戦後70年
 
     人を救うはずの宗教・・・ああ・・・       2015.11.28.

小学校5年生のころ、戦後8年でまだ貧しい暮らしは続いていて、クラス内はちょっとしたことで喧嘩に
なった。その時、教頭先生が見かねてクラスに駆け付け、みんなに話してくれました。
「博愛の宗教キリスト教は、『右の頬を打たれたら左の頬をだしなさい』と教えています。
右の頬を打たれたからと言って、反撃して喧嘩にしてはいけません。左の頬まで打たせても暴力で応じて
はいけません。
喧嘩して勝っても負けても、気持ちはすっきりしないのです。勝った人は、『次には負けた人がナイフや凶器
等を持って喧嘩を仕掛けてくるのではないかと不安になる』し、負けた人は『今度は相手に負けないために
腕力を強くし、ナイフや棒などで打ちのめしてやる。でも、相手はもっと強力なバットとか短刀とかでやられて
しまうかも』と恨みとともに新しい不安が生まれる。
喧嘩が二人の心を占領してしまい両方が不幸になってしまう。喧嘩をしても、誰も得することはないのですよ」
と話してくれたことを、テロに対する欧米ロの対応の仕方を見て、思い出しました。

厳しい環境のなかだから、みんなが共倒れしないためには戒律を厳しくせざるを得なかったイスラム教。
戒律を守る限り救われる。教科書で知ったイスラム教は、「右手に剣、左手にコーラン(経典)」「目には目を
歯には歯を」と強烈な印象でした。戒律に反する者、破った者に対して容赦しない、容赦したらみんなが
厳しい環境下で生きて行けなくなるから。

人を救う筈の宗教同志が、有史以来なぜこんなにいがみ合わなければならないのか。
ああ・・・・・。
戦争もテロも、恨みのスパイラルで泥沼だとわかっているはずなのに。
気に食わない集団を「根絶やし」するために、武力に依る殺し合いすることで平和を実現できるでしょうか?

世界は、沢山の人種・民族が存在し、信奉する宗教・価値観もいろいろ。そして、主義主張もそれぞれ。
いろいろ違う立場、主張を互いに尊重できれば、平和裏に共存できると思うのですが。


極悪非道のISでも、なりたくて極悪非道になったわけではない筈です。
国連を土俵にして、どんな言い分でも土俵に上げて、話し合い、妥協点を見つける努力をしない限り、
戦争やテロを無くすことは出来ないと思うのです。