加藤隆一氏

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 リーマン・ショックから間もなく10年になる。

 「100年に1度の危機」といわれたショックの衝撃は大きかった。米ダウ工業株30種平均はリーマン・ブラザーズが破綻した直後の2008年9月15日、前週末比504ドル下げた(4.4%安)。その後も下げ止まらず、09年3月の6400ドル台まで下げ続けた。日経平均株価も08年9月16日に同605円下げ(4.9%安)、09年3月には7000円台の安値を付けた。日米の株価指数はリーマン・ショック直前の水準から約半年で40%余りも下げた。

 それが、である。ダウ工業株30種平均は今年1月に2万6600ドル台に駆け上がり、史上最高値を更新した。日経平均株価も今年1月に2万4000円台を回復し、バブル崩壊後の戻り高値を更新した。

 リーマン・ショック後の日米株価指数の上昇を牽引(けんいん)したのは中央銀行の大規模な金融緩和策だ。市場に大量のマネーを供給した。中央銀行による市場への大量のマネー供給は日米にとどまらず中国、欧州連合(EU)など世界に広がった。

 運用資産が膨張している。世界的なネットワークで監査、税務、法務、アドバイス業務などを展開するPwC(プライスウォーターハウスクーパース)が世界の運用資産を試算している。調査リポート「アセットマネジメント2025」によると、世界の運用資産は16年時点で84.9兆ドル。20年に111.2兆ドル、25年に145.4兆ドル(1ドル=111円換算で1京6100兆円余り)になると試算する。

 運用資金の一部は外国為替市場にも流れる。世界の外国為替取引高は16年で1日当たり6兆5000億ドル余りだった(国際決済銀行調べ)。これに対し、同年の世界貿易額(輸出ベース)は1日当たり428億ドル(日本貿易振興機構推計)。実物の移動を伴う世界貿易の150倍強のマネーが微細な差益を求めて外国為替市場を飛び交う。

 数字の羅列で恐縮だが、もう一つ驚いた統計がある。日本経済新聞の名物コラム「大機小機」で茶柱子が紹介した世界の政府・企業・家計の債務残高である。2京7000兆円(国際金融協会調べ)に上る。世界各国の中央銀行が市場に供給した大量のマネーは株価の上昇と同時に、運用資産と債務の天文学的な膨張をもたらした。債権債務の管理と制御は困難さを増した。

 記憶は薄れる。「人は歴史に学ばない」とまで某辛口コラムニストはいった。日米の景気は記録的な長期拡大の過程にある。株式市場では強気派が依然、勢いを得る。過剰なマネーは容易に過熱し、バブルを生む。リーマン・ショック再来の下地は十分だ。一方で、国際政治・経済情勢を揺るがす“トランプ・リスク”は収束しそうにない。おカネは強欲である半面、臆病でもある。ノーベル経済学賞を受賞し、「経済学」などの著書で知られるポール・サミュエルソン氏は個人投資家でもあった。信条は「投資に必要なのは危険を察知して逃げるハトの臆病さ」だった。株式相場は警戒と臆病さが欠かせない局面にあると映る。

 加藤隆一(かとう・りゅういち) 経済ジャーナリスト。早大卒。日本経済新聞記者、日経QUICKニュース編集委員などを経て2010年からフリー。69歳。東京都出身。