福島第一原発事故以降、低線量被曝による小児ガンのリスクは欧州でも関心を呼んでいる。こうした中、スイス・ベルン大学が2月末に発表した研究は、低線量でも線量の増加と小児ガンのリスクは正比例だとし、「低線量の環境放射線は、すべての小児ガン、中でも白血病と脳腫瘍にかかるリスクを高める可能性がある」と結論した。毎時0.25マイクロシーベルト以下といった低線量被曝を扱った研究は今でも数少なく、同研究はスイスやドイツの主要新聞に大き く取り上げられ反響を呼んだ。
このような書き出しで始まるきわめて重要なニュースが「swissinfo.ch」に掲載された。ベルン大学社会予防医学研究所のグループは、スイス全土の宇宙線と大地放射線、及びチェルノブイリ事故後のセシウム137を4平方キロメートルごとに測定してマッピングした「Raybachレポート」を用い、1990年から2008年までの小児ガン患者1782人の住んでいた場所の環境放射線による毎時の放射線量と生まれたときから調査時までに浴びた総線量の両面からガンにかかるリスクを分析した。
その結果、数値としては「生まれたときから浴びた総線量において、総線量が1ミリシーベルト増えるごとに4%ガンにかかるリスクが増える」を結果として提示した。
スイス国民が受ける環境放射線量の平均は109nSv/hr(約0.1μSv/hr)、山岳部には0.2μSv/hrを超えるところもあって、この地域差はガン発生リスクに反映されている。チェルノブイリ由来のセシウム137による被ばくは約8nSv/hr(約0.008μSv/hr)に過ぎない。
この結果は、福島の帰還区域の年間被ばくを20mSvとすることが、いかに国民の生命、健康をないがしろにする決定であるかを証明している。もちろん、100mSv(あるいは200mSvや500mSv)以下なら健康に影響がないとする「閾値仮説」がでたらめであることも証明している。いま、世界の趨勢は、発ガンや遺伝子異常は被ばく線量に正比例するという「直線閾値比例仮説」に従うようになっている。
原発推進の国々に主導される国際放射線防護委員会ですら、一般人の年間被ばく限度を1~20mSvとして各国の裁量で定めるよう勧告しているのは、「閾値仮説」を採用できないことの証左でもある。閾値が存在するなら。その値を勧告すればいいのであるが、それができないということだ。
「自然には放射能が存在しているのだから、低線量の被ばくは問題ないのだ」という俗説が流布している。文科省が作製した『小学生のための放射線副読本 ~放射線について学ぼう~』には、「放射線は、宇宙から降り注いだり、地面、空気、そして食べ物から出たりしています。また、私たちの家や学校などの建物からも出ています。目に見えていなくても、私たちは今も昔も放射線のある中で暮らしています」という、あたかも放射線は空気か水のようなものと思わせるような記述がある。そして、自然から受ける年間の被ばく線量が2.1mSvだと記している。
これは、数mSvという放射線被ばくは何でもないことだという印象操作(悪く言えば「洗脳」)にしか思えない。「総線量が1ミリシーベルト増えるごとに4%ガンにかかるリスクが増える」のであれば、1mSvか2mSvかはとても重要な因子のはずだ。
ベルン大学の研究が明らかにしたことは、自然放射線もまた発ガンや遺伝子異常のはっきりした原因となっているということだ。つまり、宇宙線や自然放射線も生命にとっては「危険因子」だということである。宇宙線や自然放射能は存在しない方が望ましいのである。残念ながら、生命はこのような地球に発生し、放射線を含むさまざまな種類の危険因子にもかかわらず生き延びることができたのである。
原発推進論者の一部のホメオパシー信者が言うように「少量の放射線は体にいい」だとか、「自然放射線があるから健康なのだ」などというのは、「大地震や津波があるから人類は生き延びたのだ」というに等しいほどの愚劣な主張である。
私たち人類は、大地震や津波の被害にもかかわらず生き延びてきたのだ。自然放射線にもかかわらず生き延びてきたのだ。大地震や津波と同じように、自然放射線も人類(生命)にとっては危険因子なのだ。ないほうがいいに決まっている。
そして、人類はどれくらいの平均被ばく線量の増加に耐えて遠い将来まで生き延びることができるのか、現在の科学はその知見をまったく持っていないのである。
《2015年10月2日》
『nature』523巻7558号に「放射線業務従事者を対象とした大規模研究で、低線量放射線が白血病のリスクをわずかながら高めるという結果が」報告されたというレポートが掲載されている。科学的な立場からはとくに驚くほどのニュースではないが、原発推進の学者の中には困ってしまう人間もいるのではないかと思う。「低線量被曝のリスクが明確に」と題する『natureダイジェスト』から抜粋、引用する。
国際がん研究機関(IARC;フランス・リヨン)が組織したコンソーシアム……は、バッジ式線量計を着けて仕事をしていたフランス、米国、英国の計30万人以上の原子力産業労働者について、その死因を検証し(研究の時点で 対象者の5分の1が死亡していた)、最長で60年に及ぶ被曝記録との相関を調べた。
宇宙線やラドンによる環境放射線量は年間約2~3ミリシーベルト(mSv)で、対象となった原子力産業労働者たちは年間でこの値より平均 1.1mSvだけ多く被曝していた。今回の研究によって、被曝線量が高くなるのに比例して白血病のリスクが上昇することが裏付けられたのと同時に、極めて 低い被曝線量でもこの線形関係が成り立つことが証明された(ただし、白血病以外の血液がんについては、被曝線量の増加とともにリスクが上昇する傾向はあっ たものの、その相関は統計的に有意ではなかった)。
……
調査で得られたデータの外挿により予測した結果、被曝線量が10mSv蓄積するごとに、労働者全体の平均と比較して白血病のリスクが約3%上昇することが分かった。
ここで注意すべき点は、年間被曝量が誰もが浴びる環境放射線より平均1.1mSvしか高くない労働者の調査結果だということにある。このことは、福島の汚染地へ帰還が年間被曝20mSvを前提にすることがどれほど無謀で野蛮なことかを意味している。
アリソン・アボットという報告者は次のようにも述べている。
「被曝量はどこかに閾値があって、閾値未満の低線量被曝なら無害であるに違いない」と信じる人々の希望を打ち砕くと同時に、科学者には、日常的な被曝のリスクの定量化に用いることのできる信頼できる数字が得られたといえる。
「健康被害を与える放射線量には閾値があるので、低線量被曝は問題にならない」と、非論理的かつ非倫理的に主張してきた御用学者にとって、けっこうな気付け薬にはなるだろう(薬が作用する神経があれば、ということだが)。
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