不良品

2011-09-30 15:19:24 | Autobiography
おいらは左利き。
家族にも、親戚縁者のなかにもおいらの知る限り左利きは居らず、おいらは変わり者だった。
いや、少なくともおいらはそう思っていた。
親父も、お袋も、左手で絵を描き、スプーンを持つおいらを苦々しく見ていたように思う。

事件は幼稚園に通うようになった時に起こる。

おいらは、ハサミが上手に使えなくて、からかわれるようになっていた。
今時のモノほど精度のよくない…かみ合わせがやや開き気味になる当時の紙切りハサミ…。



基本的にハサミというのは右利きの人が使うようにできていて、右手の親指と人差し指を使って『握る』動作をする時に歯の噛み合わせが閉じるように出来ている。
これを左利きの人が使うと、右手の時とは逆に、『握る』動作をする時に歯の噛み合わせがやや開き気味になるのだ。
その辺りの理屈が幼稚園児だったおいらに判るわけもなく、もちろん他の幼稚園児にも判るわけもなく…。

ただおいらには、ハサミが使えない…という事実があって。
『幼稚園に行きたくない…。』あれほど出たいと思っていた島の外、あれほど乗りたいと思っていた幼稚園バスという船…。

幼稚園児という小さな世界…助けを求めるのは両親で…。
でも、おいらの気持ちと違う方向に物事は動く。

『左手はダメだ。何をするにも…。』
親父もお袋もそう思ったんだろう。
かくして両親はおいらを何とか『矯正』しようとする。

うまく使えない右手に鉛筆を持たされ、ひらがなを覚えさせようとする。
『文字は右手の方が書きやすいように出来ているんだよ…』
文字を覚え始める幼稚園の頃の話だ…初めて書くひらがなは、右手で何とかしようとする。

でも…お箸は使えなくても食べる動作は左手でしているわけで…。
右手で食べるように仕向けられたのは、苦痛で苦痛で…。

結局、最後は『ムリなんだ』と気がついてくれて『完全に矯正すること』は両親が折れるのだが、
左利き用のハサミを用意してくれた両親が『これ、高いんだからねっ!』…と言ったことは、今も忘れない。

左利きは不良品。
頭の中にそう刻まれた幼稚園の日々。

文字を書く事だけは右手。
唯一、おいらが右手で出来ること。

『普通』のことが『普通』にできる。
これがおいらと、おいらの当時の『小さな世界』をつなぐ希望だった。

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